安岡神社の特徴
安房後藤流の始祖が関係した後藤三次郎恒俊の宮彫りが見られます。
鋸南町の指定有形文化財である安岡神社の彫刻が魅力的です。
かつて山神宮と呼ばれ、大山祗命を祭る神社です。
安房後藤流の始祖、後藤義光の師匠にあたる後藤三次郎恒俊の宮彫りを見ることができます。籠彫りの亀や伸びやかな龍だけでなく、扉や脇障子の人物も見応えがあります。また彫刻だけでなく、苔むした境内も趣があります。
駐車場はなく、場所も解りづらい。境内は荒れ放題、階段は今にも壊れそう。かなり厳しい印象ですが、本殿の彫刻の素晴らしさは圧倒的で、差し引きすると、少しプラスかなという印象です。
| 名前 |
安岡神社 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.7 |
| 住所 |
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鋸南町指定有形文化財 安岡神社彫刻平成十六年一月二十三日 指定安岡神社はもと山神宮と言い、祭神は大山祗命。もとは山の神の小祠でしたが、元禄九年(一六九六) 現在地に移し、社殿を造営。小保田村の鎮守として創建されました。文政七年(一八二四)社殿を再建した時、彫刻を担当したのが、後藤三次郎恒俊です。後藤恒俊は、江戸京橋の宮彫師で、後藤家五代後藤茂右衛門正綱の筆頭門人。当時後藤流は房総の社寺彫刻にたずさわることが多く、恒俊は御嶽神社(館山市)・誕生寺祖師堂(鴨川市)などの彫刻も手がけています。房州後藤彫りの初代で安房の三名工の一人に数えられる後藤利兵衛義光は恒俊の弟子にあたります。社殿の正面左右の脇の間の彫刻は、「黄石公」「張良」「巨霊人」「玉厄弾琴」の中国の故事、仙人の彫刻が四面。正面扉の対の唐獅子、 向拝の装飾彫刻など、恒俊による肉厚で精妙な後藤彫りの装飾彫刻がほどこされ、房州後藤彫りの源流を示す貴重な作例でもあります。漢の高祖劉邦の軍師となる張良が、若き頃、橋の上で馬上の老人 (黄石公)の落とした履をささげ、兵法書をさずかる逸話が黄石公と 張良の履ぬぎの故事。巨霊人は常に白虎を愛した大力の仙人。玉危は仙女西王母の娘で白龍に乗り四海を周遊したと言われます。【現地案内板より抜粋】苔むした急階段を登り、同じく苔でフカフカした参道の石畳を進むと、遠目からでも繊細な彫刻が目を引きます。さほど大きくない社殿だからこそ、びっしりと彫刻で埋まっている印象を受けます。