南房総の古刹、石堂寺で歴史散策。
石堂寺の特徴
国指定の重要文化財である建物は、訪れる価値がある古刹です。
波の伊八の彫刻や、季節の花を楽しめる見どころが豊富です。
創建708年の由緒ある天台宗寺院で、房総半島最古のお寺として知られています。
長安山東光院石堂寺天台宗 のお寺院で創建 は伝・708年(和銅元年)本尊 は十一面観世音菩薩創建当時の寺名は石塔寺で日本三石塔寺のひとつ、創建以来、安房の霊場として隆盛をきわめ「波の伊八」や多くの国指定重要文化財を有しています。室町時代末期に、足利頼氏を養育した縁に因み頼氏の幼名「石堂丸(いしどうまる)」をもらいうけ『石堂寺』と改称。房総里見氏などからも篤い信仰を受けており、天台宗安房本山格として信仰の中心となっています。
令和5年4月現在、道路沿い駐車場横の正門から仁王門への参道、通行止めになっています。創建当時の旧称は、石塔寺だそうで、10年近く前に訪れたことのある、滋賀県東近江市の石塔寺と同じだな?と思い、こちらも訪れてみました。ただ、滋賀県の石塔寺の様な阿育王(アショカ王)塔などの石塔や仏塔は無く、古さのある多宝塔などの伽藍のあるお寺さんです。しかし、少なからずアショカ王との縁がある事に驚きました。因みにアショカ王とは、約2300年前のインドの古代王朝の大王で、インド全域を統一しました。興味深いのが、釈迦入滅後の約100年後に現れた王で、即位前から暴虐を尽くし、戦でも多くの残虐行為をしたそうだが、後に恥じて仏教を篤く信仰し保護していた、と言われています。御朱印を頂く際、ご住職はお話し好きの様で、アショカ王の事を振ると、ナイショの話しや本山の延暦寺座主の話しまで止まらなくなりましたが、楽しい時間を過ごせました。
何かとても有名なものがあるわけではないけど南房総のこんなところにこんな重要文化財が、という発見でした。梅の頃に来たらとてもきれいだと思います。江戸時代の家屋、室町時代の本堂は一見の価値ありです。
見どころの多い天台宗寺院。境内は広大で、建物だけならそれほどでもないが、くまなく歩き回ると結構疲れる。仁王門の仁王は2019年の台風被害で破損後修復されて、波の伊八の彫刻とともに、社務所内にあり、拝観料¥500かかる。
1月中旬でしたが何処にも花がない中で、ここに行けば文化財と一緒に、季節の花が少しは見れるんじゃないかと思い訪問しました。こんな所に国の重要文化財が数点あり、梅園には梅の他沢山の季節の花があって、十分楽しむことができました。季節毎に訪れたい場所です。
石堂寺、初参拝です。本堂と多宝塔、薬師堂の三棟が国の重要文化財に指定されていています。こちらは初代「波の伊八」の作品を蔵する寺院でもあります。作品の撮影は禁止になります。御朱印も手書きで対応していただけました。
長い歴史のある南房総の名刹。さまざまな花の季節や紅葉まで楽しめます。
寺伝では726年 行基が開いたとされ、古くは石塔寺と呼ばれていた。近江国・上野国の石塔寺とで日本三塔寺として知られる。小弓公方足利義明の孫:頼氏が養育され、その幼名:石堂丸にちなんで、寺名がつけられたとも言われる。1487年 夜盗により全山焼失、1525年 地元の有力者であった丸一族の援助により、現在地に再建。1571年 織田信長による比叡山焼き討ちの際には、退山の僧により天台大師御影を護持し、1790年 比叡山に環座。その功により、総本山直末本山格に班列。禅宗様を基調とする本堂、1971年に移築された薬師堂、1545年に丸常綱寄進の多宝塔など、境内の至る所が見どころになっている。今回見学しなかったものの、波の伊八作品の見学も可。現在、表参道の仁王門が破損している為、裏手の駐車場を利用。
南房総で最古のお寺で、この辺のお寺は全部ここの末寺です。仁王門が台風で崩れたままなので、もし歩いて来た場合は裏の急斜面を登ることになります。かつて多宝塔に飾ってあった波の伊八の作品が寺務所に保管されていて、300円で拝観することができます。撮影禁止。本堂の龍も2代か3代の伊八っぽいですが、聞くのを忘れてしまいました。多分3代です。どこか忘れましたが似たような龍を見たことがあります。
名前 |
石堂寺 |
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ジャンル |
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電話番号 |
0470-46-2218 |
住所 |
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HP | |
評価 |
4.2 |
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国指定の重要文化財の建築物目当てで訪問。現在の伽藍で素晴らしかった。往復利用したバスの本数が少なくスケジュール立てるのが難しかった。