源頼朝の勝利祈願、歴史感じる久留里神社。
久留里神社の特徴
久留里神社は千葉県唯一、飲用可能な名水があります。
1000年以上の歴史を持つ、久留里の由緒ある神社です。
整備が行き届いた山門や庚申塔群が見どころです。
負け続けだった源頼朝がここで必勝祈願をしたあと勝ちに転じたという必勝の神社だそうです。相当に歴史が古い神社ですね。コンパクトな境内ですが、久留里城に相対し、里を見下ろすパワフルな立地です。JR久留里駅からはかなり歩きます。徒歩30分程度です。高速バスはもうちょっと便利で、千葉駅から鴨川(亀田病院)ゆきの高速バスが出ていますが、このバスの「久留里城三の丸下」バス停下車なら徒歩5分くらいでしょう。クルマでゆくなら広めの駐車場があり、駐車場のなかに社務所、授与所もあります。
小さいながらも立派な神社です。参門も立派で右大臣と左大臣が飾ってあります。本殿は台風の影響で壊れてしまい本来の姿ではありません。手水舎の横には井戸水が出ており飲むことができます。
(備忘録)・土曜日の10時過ぎに参拝・駐車場完備・台風の傷跡が残るも清々しい雰囲気の神社・ご朱印は駐車場近くの社務所にて拝受できるが私が参拝していた時は閉まっていた。・トイレあり。
1021年に平忠常の勧請(かんじょう)によって創建された古社です。祭神は天照大御神(あまてらすおおみかみ)天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、伊邪那美命(いざなみのみこと)他。久留里神社は鴨川街道沿いに駐車場あり車でのアクセスは良好です。ただ、駐車場の前後にカーブがあり見通しがよろしくない。事故を起こさない様に注意⚠️が必要です。久留里神社は長い間、地元で大切にされてきた神社⛩️ですが、令和元年の台風15号で甚大な被害を受けました。あれから5年以上が経ちますが、復興は今なお道半ばの状態です😺
『久留里神社』住所→ 〒292-0432 千葉県君津市浦田15祀神︰天御中主命、伊邪那美神、天照皇大神、少彦名命、応神天皇など御朱印:あり(しかし、社務所の不在が多く私が来たタイミングでは不在だった)駐車場:あり備考:・治安元年(1021)、久留里城主上総介平忠常が浦田妙見堂として勧請、別名を細田妙見という。・平将門が勧請して「細田妙見」と称し、将門は天女を妻として、子を産ませたという伝説もある。・建久3年(1192)7月22日、源頼朝も真鶴より勝山に上陸した時に戦勝祈願し、天下統一後征夷大将軍となるや文覚の弟子頼忠上人を別当としてお礼の祭りを執り行ったことから、7月22日を神社の大祭日としている。・令和元年の9月にあった台風15号による災害によって、現在は拝殿が壊れてしまって無く再建の義援金を現在集めている。・応急処置として用意されたところでの参拝なら叶う。・井戸水の御神水が採水できて、非常に冷たい。・御朱印はある、という情報があるものの私が参拝した日……2024.3.30の13時には、社務所が閉まっており書き置き類も無かった為、御朱印は諦めることとなった。・日を改めて、また参ろう。#神社#御朱印#久留里神社#結月大佐の御朱印さんぽ。
JR久留里駅からゆっくり歩いて、だいたい335分位の所にあります。静かな佇まいの神社で、気持ちが落ち着きます。
本殿は入母屋造り、銅板葺、 垂木が密な繁垂木、二軒構造である。平面は桁行、 梁間とも六・三メートルの三間社である。構造は長押、頭貫、台輪を付け、柱上には平三斗、柱間上部に蟇股を備えている。床高は九十五センチで、周囲に和様高欄の回縁が付く。内部は広い一室空間で、床は拭い板敷、天井は格天井で、幣殿と本殿の間に「雲に天女」の透彫りの欄間彫刻がある。元来、この本殿は妙見堂として建てられたものであり、社殿建築における「本殿」の構成とはやや異なった点が見られる。空間内の配置においても、中央正面に蝦の腰の付いた須弥壇が置かれ、 上に千鳥破風付の二軒の繁垂木、二手先斗棋など を備えた禅宗様の厨子(宮殿)があり、神仏習合のなごりをうかがわせる。本殿は江戸時代後期に、久留里藩主黒田氏の援助により修造されたものと伝えられる。【現地案内板より抜粋】久々の参拝でしたが、社務所に人もいらっしゃり、ご朱印も頂きました。台風被害からの復興にはまだまだ長い道のりかと思いますが、是非頑張って頂きたいです。
拝殿再建義援金のことをGoogleマップを見て知り、伺いました。一日も早い拝殿再建を願っています。
現在台風の被害を受け拝殿が仮設状態でした。御神水は大丈夫でした。トイレと駐車場あります。
| 名前 |
久留里神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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久留里城🏯の帰り道で参拝しました。小さな神社ですが、以外と参拝者がいましたね。亀の鎮魂碑は初めて見ました。🙏