珍しい読み方のカンバラ神社。
綺原神社の特徴
アニメに出てきそうな、長閑な雰囲気の神社です。
綺原神社は歴史的な式内社として知られています。
蟹満寺の向かいに位置する、由緒ある神社です。
綺原座健伊那太比売神社(かんばらにますたていなだひめじんじゃ)の創建年、由緒は不明です。祭神は健伊那大比売命です。この神社は式内社です。江戸時代は「梶原社」と呼ばれ、源頼朝の家臣として活躍した梶原景時の霊を祀るとも言われていたようですが、「梶原」は当地の古い地名「綺原(かんばら)」が転訛したものと考えられています。祭神「健伊那大比売命」は養蚕技術をもたらした渡来系豪族・秦氏の創起(先祖)とも言われています。
蟹満寺さん、参詣の際、蟹満寺さんの駐車場のスグ隣にあったので、立ち寄らせて頂きました!!山裾の神社然としていて、木々に囲まれた境内は、それだけで厳かな空気感に包まれているように感じますね。延喜式に載る古い神社のようです。他の人も書いてますが、漢字が読めないwww地域の地名にも同じ漢字が使われていましたけど、まだまだ知らないことばかりです!!!社務所などは見当たらず。きれいな境内でした。ありがとうございました。
「綺原」は「カムハラ」「カンバラ」と読む説があり「かんばらにいますたていなだひめじんじゃ」とも呼ばれています。「延喜式」にも綺原座伊那太比売神社として記述されており、「健伊那大比売命」がどのような神であるかは詳らかでなく、タテは健康イナダは稲田で達者で農耕にいそしめるよう祈願されたものだとも言われたいます、また神に献ずる衣服を織る技術者及び養蚕技術者を祀った社とも言われており綺氏一族(秦氏一族)の創起だと言われております。諸説ありロマンを感じます、現在は菅原道真公を祭神とする天神社及び八王子社もお祀りされています。
蟹満寺の手前に鎮座されている綺原(きはら)神社、珍しい読み方です。
かんばら神社、蟹満寺の向かい側にある相当古い神社です。珍しい読み方ですが「綺」一文字で「あや」以外に「かんばた」と読む古代の読み方があるのでそれが語源かな?かんばたは着物の帯締めで使う伊賀の組紐みたいな古代の紐と布の中間のもの。綺じゃないかという布が法隆寺に残っていますが、このあたりで作っていたのかな?(組紐と同じ製法なら織機など使わずに、台の上で紐をぐるぐる回して作る。)年始には写真のような稲藁とシキミの枝をつけたかんじょう縄が境内の入口に張られますが、機織りの縦糸を想像させる縄の付け方をしており、見ていて面白いものです。もしかしたらシキミは旧趾地のシキミの木のものかもしれないですね。旧趾地というのは、この神社は元々は、写真の石碑のある山城町綺田西ノ城の「復興災害記念塔」のあたりに神社はあったそうですが、大正15年12月にここに移転したようです。それまでここには天満宮があったそうですよ。そのためか神社の構造も珍しく、階段を上がって真ん前に社があるのでなく左手にあり、真ん前には遥拝所があります。
周りの長閑さもあって、アニメに出てきそうな雰囲気の神社でした。蟹満寺のすぐ近くの神社です。
読み方が難しい神社です。綺原(かんばら)神社と読みます。
綺原神社最初はキハラと読んでしまいましたがレビュアーさんによるとカンバラと読むそうです。御祭神の立て札は字が霞んで読めませんでしたが、タテイナダヒメというお方だそうです。境内には牛さんの像が多く天神様にも由来してるのかな?蟹満寺のすぐ近くにあります。
綺原神社最初はキハラと読んでしまいましたがレビュアーさんによるとカンバラと読むそうです。御祭神の立て札は字が霞んで読めませんでしたが、タテイナダヒメというお方だそうです。境内には牛さんの像が多く天神様にも由来してるのかな?蟹満寺のすぐ近くにあります。
| 名前 |
綺原神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
綺原坐健伊那太比売神社(きはらにますたていなだひめじんじゃ)。京都府相楽郡山城町綺田山際。式内社(小)、旧村社。【祭神】健伊那太比売命【関係氏族】奈良時代に織物を生業とした綺(き)一族(秦氏一族)の氏神資料によると、奈良時代に織物を生業とした綺一族の氏神という伝承がある。当社の案内では、「綺氏」なる氏族を想定して養蚕や織物に携わった秦氏の一族が当地に居住したとしています。祭神は「タテイナダヒメ」とされ、タテは健康、イナダは稲田で、達者で農耕にいそしめるよう祈願されたものだと考えられます。ここの地名「綺田」はその昔、紙織または神織とも呼ばれ、神に献ずる衣服を織る技術者及び養蚕技術者を祀った社とも言われており綺氏一族(秦氏一族)の創起だと言われております。木津川の支流天神川が山峡から平野部に出た地点の山麓に鎮座する。蟹満寺の北接。当社に隣接して蟹の恩返しの伝説のある「蟹満寺(かにまんじ)」があり、また木津川の対岸、京田辺市天王地区の山腹に鎮座する朱智神社には「迦爾米雷王(かにめいかづちのみこ)」が祀られるなど、何かと「カニ」に縁のある一帯となっています。明治10年6月に式内社と決定されるまで梶原社と呼ばれていた、梶原社の梶原は綺原の言い誤りであろう。近世に於ては綺田村の産土神。とあります。