蝉丸ゆかりの街道を訪れて、歴史を感じる旅を!
人康親王御墓の特徴
第54代仁明天皇の第四の宮である人康親王が誕生した場所です。
旧東海道の歴史的街道筋に位置する霊験あらたかな地です。
蝉丸と同一視される人康親王の伝説が色濃く残る場所です。
…何と表現したらよいか分からないが、第54代仁明天皇の第四の宮に産まれ、ただ目が不自由で、後継の天皇にはなれず、御所(当時の、西暦850年以降の頃の)より相当離れた旧東海道の、京都三条~山科~四宮~大津の街道筋に山荘を与えられて棲んでいたとは、あと、歌人蟬丸(これはこの 行くも還へるもわかれては(以下略)の和歌が有名)と同一視する向きもあるようだが、わたしは別人だと思う。目が不自由で、琵琶をよく奏でて心の慰めとした、という言い伝えに基づき、琵琶法師の祖、近くに四宮大明神などが存在するようです。四宮大明神へは、わたしはたどり着くことができませんでした。お参りができればよかったのですが、どうにもご縁がありません。
蝉丸・人康(さねやす)親王説もあるそうです。
駐車場に囲れてます(`・∀・´)
| 名前 |
人康親王御墓 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP |
https://www2.city.kyoto.lg.jp/somu/rekishi/fm/ishibumi/html/ya060.html |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
〒607-8044 京都府京都市山科区四ノ宮泉水町13−14 |
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自身が建立した十禅寺の隣にある陵墓です。兆域にはちょっとした高まりの他、小さめの宝篋印塔が一基安置されています。人康親王が亡くなった平安時代初期に既に宝篋印塔が伝来していたかは分かりませんが、供養塔かなにかでしょうかね。人康親王:父は仁明天皇、母は女御の藤原沢子(贈皇太后)天長8年(831)誕生貞観元年(859)病気を理由に出家。法性と称し山科区 諸羽山の麓に居を構え隠棲した。なお隠棲した場所には四ノ宮という地名が残っており、第四皇子であった人康親王に由来するとする説がある。同14年(872)薨去。享年42