小坂城跡の圧巻、土塁と空堀。
小坂城跡の特徴
小坂城跡は整備が行き届いていて、歩きやすい環境が魅力です。
遺構が残っており、曲輪や堀の保存状態が優れています。
説明版もあり、歴史の勉強に最適な場所です。
規模は決して大きくないが、しっかりと見学ルートも整備されており、幾重にも重なる空堀と土塁は圧巻の迫力です。2、3台程度しか置けませんが無料の駐車場が併設されています。
牛久駅から牛久浄苑行きのバスに乗り団地中央(小坂団地)で下車し徒歩5分くらいで着きます🤗城の遺構が残る素晴らしい場所でした✨
小坂城跡は、小田氏から別れた岡見氏により築かれたそうです。詳しくは現地案内板に書かれています。小坂城跡に6月以降に行かれる場合は、虫除けスプレーの用意する事をお勧めします。散策する際に結構刺されます。さて、現地ですが堀、土塁、土橋、虎口遺構、櫓台跡等が残っていて案内板も充実して楽しく散策出来ます。又、ベンチもあるので休息も出来るかと思います。駐車場も4台とバス一台分のスペースがありました。無いのはトイレだけでしょうか。
国道408号線沿い、牛久大仏に比較的近い場所にある牛久市にある中世の平山城跡です。入口には4台分の車を停められる駐車場があります。小坂城は、戦国時代に牛久城を本拠地としていた岡見氏が牛久城に移る前に本城としていた城郭です。豊臣秀吉の関東侵攻に伴い、関東を支配していた北条氏滅亡とともに廃城となりました。小坂城跡は、牛久市により良く管理されていて、それほど広くはないですが、本丸、二の丸、三の丸、四の丸とそれらを囲む土塁、空堀、土橋や櫓台などの遺構が見られます。空堀はそれほど深くないものの、二重になっていたり見応えはあると思います。説明板も随所にあり、中世の山城の構造を理解するのに良い城跡だと思います。
小坂(おさか)城は、小田氏一族の岡見氏が16世紀中盤に築いたとされる城で、小野川沿いの舌状台地の先端に位置します。岡見氏は戦国時代後期に北条氏の勢力下に入り、小田原征伐で北条氏の滅亡と共に滅び、小坂城も廃城になったと言われています。1月の年明けの早朝に車で訪問、牛久阿見インターから10分程度で到着、城の前に4台分の無料駐車場が整備されています。入り口には縄張り図の入った案内板があり、わかりやすく解説されています。三→四→二→一の曲輪の順に周りましたが、小ぶりなお城ですが土塁、空堀が張り巡らされ、見応えがあります。特に一の曲輪の物見櫓跡の高い場所からは城域全体を見渡せ、技巧を堪能できるのでおすすめです。当日は1月で枯葉に埋め尽くされていましたが、整備が行き届いており、歩きやすく、遺構もはっきりと確認でき、丁寧な整備に感謝です。
非常に良く整備されている。小坂団地の端っこにある。駅から遠いがコミュニティーバスかっぱ号で行くことができる。駐車場も用意されている。
小さくコンパクトですが非常に保存状態が良く、往時を偲ばせる堀や土塁が見やすく整備されてます。入り口には6台の無料駐車場もあります。
綺麗に整備され小規模ながらも牛久一技巧に優れた城跡です。江戸崎土岐氏に対抗する為岡見氏が築いた城とされています。408号と団地建設により城跡は削られていますが見応えは十分。関東を代表する「土の城」を非常にコンパクトにした形で土橋、土塁、空堀、横矢とここ一つで満足できますね。有志の整備により現在は非常に散策しやすく、トイレこそ無いものの空堀好きな方にはオススメ。駐車場は4台。岡見城とセットで見たい城跡ですね♪
住宅街の中にあるがよく整備されている。土塁や空堀、竪堀等がはっきり残る。そんなに大きくなく有名でもないが訪れる価値のある城跡。
| 名前 |
小坂城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
029-874-3121 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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遺構の見応えとしての評価。2026年5月に訪問。見学時間は小一時間ほど。アクセスは牛久駅からコミュニティバスを利用。尚、駐車場は3〜4台分といった所。遺構は規模はそれほど大きくなく、本郭の南面が一部削れているようだが、全体的に各曲輪を守るような横矢のある土塁や空堀、土橋が良好に残る。案内板も充実しており、歴史だけでなく構造や逸話、近隣勢力との戦などに触れるものも用意されており充実。素晴らしい。以下、案内板より。小坂城の構造小坂城跡は、牛久市小坂町字愛宕山に所在します。 南側を小野川が東西に流れ、城跡はこの小野川に突き出た舌状台地の南端部に位置しています。また、城の北側には城下を連想させる集落が江戸時代前期頃まで存在しており、さらに北側を鎌倉街道が東西に走っています。小坂城には、4つの曲輪(防御のための平場) が存在します。それぞれの曲輪は広さや形状が異なっており、役割の違いが考えられます。まず南西端の一ノ曲輪が城の中心部で、その北側・東側を守るために二ノ曲輪が配置されています。二ノ曲輪のさらに北側には三、四ノ曲輪が設けられ、 城の北辺を固めています。この城の構造的な特徴としては、 各曲輪を守る土塁と空堀が複雑な折れをもつことがあげられます。これは曲輪外部に対して横矢をかけるとともに、堀底に侵入した敵の移動を妨げ、視界を遮るためと考えられます。もう一つ、城の西側が緩斜面で終わっているのも特徴的です。これは西側からの攻撃を想定していないのか、それとも何か別の意図があるのか、今のところ不明です。