林家供養墓の静謐な教え。
龍渓寺の特徴
江戸時代後期の林家による供養墓がある、歴史ある寺院です。
御前様の説法がとてもわかりやすく、心に響く内容です。
墓所の静かな雰囲気が、訪れる人に安らぎを与えてくれます。
当寺には、江戸時代後期~末期の木更津請西藩主林家が、まだ旗本であった時代の林家(初代林光政から数えて)6代忠政から、13代忠篤までの墓所(供養墓)がある。6代忠政が若くして眼病を患った為、それまで続いた『献兎賜杯』の恒例行事が一旦途絶えてしまったが、文政8年(1825年)総石高1万石となって貝淵藩を興し大名に列した14代忠英が、文政9年(1826年)11月幕府老中に行事の復活を願い出て許された事から、以降再び行われる様になったという。
御前様の説法がわかりやすいです。
| 名前 |
龍渓寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0436-88-2117 |
| HP | |
| 評価 |
2.8 |
| 住所 |
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市指定文化財木造釈迦如来坐像昭和五十四年三月十日 指定この像は、大永元年(一五二) 開山と伝えられる曹洞宗龍渓寺の本尊で、白衣観音とも呼ばれています。像高九十四センチメートルのヒノキ材の寄木造です。光背と台座を含めた高さはニメートルを超えます。頭部は髪を結い、正面に宝冠をあらわし、手首に釧を着けるその姿は、一見す ると菩薩形ですが、江戸時代初期に黄檗宗とともに伝来した明様式の色濃い釈迦 如来像です。黄檗宗は、中国の禅僧隠元が来日して広めた禅宗の一派で、中国明様式の建築や仏像を日本にもたらしました。本像は、両手は腹前で禅定印を結び、右足を上に結跏趺坐し、瞑想をする如来形をあらわしています。着衣も異風で、衲衣の上に法衣を羽織り、裙(もすそ) を胸元まで引き上げ、リボンのような紐結で飾っています。肉身部は金泥、衲衣は錆地漆箔を施し、衣の裏と唇に朱を入れています。眼は彫眼で、額の白毫には水晶がはめ込まれています。蓮華座と舟形光背も当初の作とみられます。像背面には「肥前之国長崎 唐山佛師 方超印」と仏師名が記されているだけ で、造立年は不明ですが、その作風から、十七世紀後半に遡るものと考えられてます。当地にこのような黄檗禅に関わる本格的な仏像が伝わる意義は大きいものがあります。なお本像は、平成十二から十三年にかけて、寺と檀家有志の努力で復元修理され、往時の優美な姿がよみがえりました。【現地案内板より抜粋】ツーリング途中、看板を見掛け、細い小道を進んだ先、木立の中にありました。お目当ての釈迦如来坐像は、窓ガラス越しの見学となり、鐘楼門には軽自動車が駐車されておりましたが、異形の釈迦如来坐像はなかなか一見の価値有りかと思います。