知って欲しい外島保養院の歴史。
外島保養院記念碑の特徴
歴史的なハンセン病保養院跡がある場所です。
ハンセン病保養院跡で貴重な学びの機会が提供されています。
静かな環境でしっかりとした資料と共に過ごせます。
1909(明治42)年、近畿を中心とした2府10県のハンセン(癩)病患者を収容するための施設として外島保養院は設立された。今でも周囲は人家が全くない工業地域だが、110年前の当地は市街から隔絶され、荒涼とした文字どおり何もない場所であったと思われる。河口に近い川沿いの低地であり、治水面での安全性等、居住条件は劣悪と表現するほかない立地であった。果たして、1934(昭和9)年9月に近畿地方を襲った室戸台風に伴う高波被害により施設は流失し、入所者や職員、その家族を含む187名もの犠牲者を出すという大惨事となった。その後、地域住民等からの反対もあり元の場所での再建は行われず、岡山県邑久郡の長島に新たな施設(邑久光明園)が建てられることとなった。近代における我が国政府の、ハンセン病患者に対する人権無視・人命軽視を基調としていたと指摘せざるをえない強制隔離政策が、直接的には多数の入所者や職員を死に追いやるという、惨憺たる出来事を引き起こしたことは、永く記憶され伝えられるべきである。
ハンセン病の保養院跡。大昔に洪水で崩壊しました。
| 名前 |
外島保養院記念碑 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
06-6944-6697 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP |
http://www.pref.osaka.lg.jp/kenkozukuri/hansen/sotosima.html |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
〒555-0041 大阪府大阪市西淀川区中島2丁目10−100 |
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