願いを叶えるお地蔵さん。
不動院の特徴
ご住職の真心が感じられ、丁寧な対応です。
住宅街に隠れた、歴史あるお寺で地元愛が深いです。
お地蔵様に願いを書く御朱印が人気で大変ユニークです。
不動院は真言宗豊山派のお寺で、創建時期は不明ですが、江戸時代中期以前の創建といわれています。通称「飯盛り大仏」が鎮座していることで知られています。なぜ飯盛り大仏と呼ばれているのでしょうか?それは次のような話があるからですもともとこの付近は漁業が盛んなエリアで、魚介が豊富に取れることから浦安や葛西などの漁師との漁場争いが絶えなかったといいます問題が起きたのは文政7年(1824年)のことでした葛西一橋家の漁師と船橋の漁師が衝突し、船橋の漁師が殴ったことから漁師3名が入牢させられ、そのうち2名が獄死してしまいました牢の中で満足に飯も食べれなかった3名の苦労をしのんで、翌年の文政8年から毎年正月28日(明治以降は2月28日)に大仏の顔に飯を盛ることが現在まで風習となっているからですしかしこの大仏は元々延享3年(1746)8月1日の津波によって亡くなった人々の供養のため建立されたものです境内では六地蔵尊と出会うことができました。
住宅街の狭い通りにあるお寺。その入口にさほど大きくはない大仏が祀られています。もともとは1746年に津波の被害者を供養するために地元の方々によって建てられた釈迦如来坐像です。下記のエピソードから別名、飯盛り大仏と言われています。1824年、漁師総代3名が、船橋漁師の占有漁場に入ってきた一橋家(徳川御三卿のひとつ)の旗を掲げた船に乗っていた武家を殴打し、旗を奪った罪で投獄されます。漁師総代3名のうち1名は牢死、1名は出所まもなく死亡しました。地元の方々はこれを哀れみ、彼らと津波の被害者を合わせ供養するようになったと言われています。毎年1月28日(明治以降は2月28日)に追善供養が行われます。この日は白米を大仏の顔に盛り付けられます。これは食が乏しかった牢内の苦労を慰めるためと言われています。
ご住職が親切丁寧で、真心を感じます。境内が整理整頓されていて、心が洗われるように感じます。
入り口のお地蔵様は津波等で無くなった方の供養に、ご飯を食べてもらうというユニークなお祀りがあるようです。近隣の村等との争いで亡くなった方のお墓等、歴史出来事の案内説明板もあり、近くに行った際には歴史に触れるのも良いかと。
立派な御寺さんです😊お世話になっております。
当家の菩提寺です。
地味だけど昔から地元の住民に大事にされている場所。ここでお線香の煙を浴びると癒やされます。
入り口の説明書は、理由は解るが少しもやもやとする。
般若心経から自分の好きな字一文字と願いを書いて御朱印頂きます。厳粛な気持ちになります。
| 名前 |
不動院 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
047-422-7619 |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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飯盛で有名なだいぶつさんが入口に鎮座している小綺麗なお寺です。