宝永噴火の英雄、伊奈忠順を祀る神社。
伊奈神社の特徴
経済的な危機を乗り越えた伊奈半左衛門を祀る神社です。
1907年の富士山宝永噴火の歴史を刻む場所として希少です。
御朱印巡りの際に訪れると、特別な体験ができます。
初めて参拝しました⛩️宝永の大噴火の復興に尽力された英雄逸話を聞きました。
宝永噴火で荒廃した駿東郡を救った恩人、関東郡代伊奈忠順を祀った神社。広くスッキリと清潔な境内、青空と山に映える伊奈忠順の銅像が素敵です。
幕府から復興支援チームのリーダーとしてポンペイと化したこの地方にやってきたものの、すぐに撤退命令が出てしまう。備蓄米の放出すら渋られて、餓死してゆく人々を前に、彼は地侍を率いて幕府の蔵を襲撃し独断で人々に米を配ってしまった。彼はその罪で公開処刑されてしまうのだが、その日から彼の意思を継ぐ地侍たちの食料自給率を上げる闘争がはじまり…………これが御殿場コシヒカリ開発の歴史につながってゆく。
★街を救った英雄が神様に★1707年の富士山宝永大噴火では、江戸にも火山灰が5cm積もり、麓では3m以上の降灰がありましたこれにより田畑が耕作不能となり、河川に火山灰が堆積し、洪水や土石流が頻発します須走村(現在の小山町)では、村が消滅寸前にまで追い込まれましたそんな時颯爽と現れたのが関東郡代の伊奈半左エ門忠順(ただのぶ)公災害対策を指揮、大量の火山灰が撤去、堤防の修復工事を成功させただけでなく、幕府の命に背き飢える民のために幕府の蔵米1万3千俵を分け与えたとまで言われていますあくまで口伝ですがこれが原因で切腹を命じられたとも((((;゚Д゚))))ガクガクブルブルそんな彼の死後、人々は彼を神格化し伊奈神社として祀るのでした神社正面には御祭神伊奈忠順像石柱には、「御厨(みくりや・当時の須走村を含む地域の呼称)の父」と刻まれていますかなり整備され綺麗な神社私も何か偉功を果たして神社にしてもらいたいものです(。-∀-) ニヒ
御朱印は東口浅間神社にていただける様なので御朱印巡りしている方は先にこちらに参拝されると良いかと思います。
いろいろな土木事業を手掛けたことで有名な伊奈一族を祀った伊奈神社は多くありますがこれほど大きくて立派なものはなかなかないのではないでしょうか。このことは忠順の復興への意欲と尽力が並大抵のものではなかったことを示している反面、宝永の大噴火の被害がいかに壊滅的で恐ろしかったかを物語っているのではないかと思います。富士山と宝永山そして境内に咲く春の花を眺めつつ、いつ自分にも降りかかるかもしれない災害について少し考えてしまいました。
1907年の富士山の宝永大噴火で降り積もった火山灰で飢える民の為幕府の蔵米を分け与え復興に携わり後に切腹になった伊奈半左衛門忠順(ただのぶ)の神社です。凄い人ですね。 石柱には 御厨 みくりやの父 神社じたいは小さいですが無料の駐車場は広いです、神社の前にありトイレは鳥居をくぐり右側に有ります 神社から富士山を見て左側の少し盛り上がった所が宝永大噴火で出来た宝永火口です。
宝永噴火に際し時の代官であった伊奈氏が多くの被害を受けた地域の民衆を救うため尽力した功績を称え設立された神社です。噴火の悲惨な出来事ですが余り知られていないと思われますので、須走浅間神社訪問と併せ是非参拝して頂きたいと思います。
宝永の富士山大噴火で壊滅の危機に瀕した須走を復興させた、幕府の代官伊那半左衛門を神とお祀りしている神社です☺️
| 名前 |
伊奈神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP |
http://www.shizuoka-jinjacho.or.jp/shokai/jinja.php?id=4403002 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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御朱印が頂ける神社。直書きして頂ける。御朱印は東口本宮 冨士浅間神社の社務所にて。この地を襲った富士山大噴火の復興に尽力した伊奈半左衛門を御祭神とする神社。御朱印を頂くためには拝殿前のQRコードで参拝証なるものが必要になります。なので東口浅間神社に行く前にこちらに行く必要があります。希望する人はお忘れなく!無料の参拝者専用駐車場がものすごく広いので車でのアクセスはよい。近くのラーメンまぁちゃんのまぁちゃんラーメンが美味しい🤩