長篠城跡で感じる歴史の醍醐味。
長篠城跡の特徴
長篠城は豊川と宇連川の合流地点に位置する断崖の要害です。
長篠の戦いに関連する歴史的な説明板が丁寧に設置されています。
駐車場は無料で、ゆっくりと散策を楽しむことができます。
わかりやすく長篠城の歴史と感想を(ながしのじょうあと)●歴史●・1508年菅沼元成により築城(元成は今川義元に仕えていた武将)・1571年 武田氏に属する・1573年 家康に属する(奪還)・1575年奥平貞昌が城主に(貞昌は家康の家臣)・1576年 廃城長篠の戦いでの損傷貞昌が新城へ入城したため●感想●城跡は線路により分断されていて、全てを周れないし俯瞰で見づらいかとオーソドックスな山城を見る感覚で行くと拍子抜けするかもしれません資料館は見応えありましたよ設楽原資料館との共通点チケットあり戦いの勝因は鳥居強右衛門の働きはもちろんのこと、馬防柵で武田軍を食い止めつつ、信長が3000丁もの鉄砲を手配して三段撃ちで攻撃した点かとあの高さの柵を構築されてその間から撃ち込まれたのではお手上げだなぁと武田軍の戦死者は1万人に上り、織田・徳川連合軍も6000人を下らなかったと言います勝頼は自信をつけていく中で、信玄からの教えである"3年は戦いをするな"いう忠告を無視した事が敗因となった訳です●長篠の戦い●1575年5月勝頼が15000人の大群で城を包囲うち3000人を城前方の山々に築いた砦に配置砦は5つあり、鳶ヶ巣山砦からは本丸の動きが丸見えだった籠城する城兵500人は武田軍の攻撃により落城のピンチに貞昌は援軍を要請するため使者を送ることに志願した家臣・鳥居強右衛門(とりいすねえもん)が14日深夜に城を脱出、包囲網を突破川を泳ぎ渡って岡崎城へ向かい、15日には家康に会い援軍を要請家康は信長に援軍を要請し、織田軍30000人・徳川軍8000人を長篠城に送ることに鳥居強右衛門はこの任務中、作戦は順調だと伝えるために山から長篠城に向かって狼煙を何度か上げていて、その度に城兵達から歓声が沸いたため武田軍は警戒を強めていましたそのため帰路で捕えられ、"援軍は来ない"と伝えるように強要されますしかしこれに反して"援軍は2.3日で来る"と城兵達の前で大声で伝達し、激怒した武田軍により磔で処刑されてしまいますこの命懸けの行動により城の士気が爆上がり織田・徳川連合軍38000人の援軍も到着設楽原に布陣、馬防柵を2kmにわたり構築武田軍を待ち構えます20日、勝頼は城に3000人の兵を残して設楽原方面に陣を移し、連合軍と対峙する事に信長の思惑通りに手薄となった城へ弓・鉄砲による別隊(信長の直属兵達)を、鳥居元忠(家康の重臣)に命じて送り込みます戦国最強と言われた武田軍の騎馬隊は主力武将が次々に討死、連合軍の馬防策や強力に編成された鉄砲隊に迎撃され敗退しました城を死守した貞昌はその功績を認められ、信長の名から一文字もらい信昌に改名しています。
徳川家康と武田勝頼との攻防で、命を投げ出す覚悟で活躍した鳥居強右衛門の話しは、心を打たれます。やがて設楽ヶ原で戦国最強武田騎馬軍団を打ち破る歴史を変える戦いにつながりました。飯田線がほぼ敷地内を走っています。
100名城スタンプで訪問しました。長篠の戦いに関するものが見物できます。長篠の戦いと言えば少し前に、ネット民の間で話題となった長篠の戦いにおける無課金ユーザー(軽装で戦に参戦する兵)が参戦している!と合戦図が話題になりましたね🤭
100名城巡りで訪問。川に挟まれた天然の要害です。城跡自体には、土塁や堀が残っています。
設楽原合戦地と併せて訪れたい場所。お互いの距離感や、現代でもビシバシ伝わる天然の要害っぷりを感じ取れます。資料館のある本丸散策だけでなく、是非とも牛渕橋側からの景観観賞に向かうべき。以前訪れた時と比べて草木がモッサリしていましたが、変わらぬ綺麗な水流です。狭い橋ながら意外と車が往来するので、駐車は避けた方が無難かも。
100名城スタンプは自販機横にありました。資料館に入場しなくても押せます。天守跡は資料館の左手側にありました。トイレは資料館階段の奥にありました。駐車場無料です。レンタサイクルがあるようで、周辺を回ることができるようです。
百名城で訪問。長篠の合戦でも有名な地にやっと来れました!鳥居強右衛門がここでは有名にもなっており忠義の印として称えられています。3段鉄砲で誰しもが歴史の教科書でみる屏風絵もあり感動しました。贅沢を言わせて貰うともうちょっとグッズのラインナップを増やして欲しい。お土産として買いたいものがない。
日本100名城の一つ長篠城の跡です。あの有名な長篠の合戦の前哨戦として重要な役割を果たした城でもあります。城跡を見る前に資料館を見に行ってからの方がより楽しめると思います。実際見たところ2本の川による天然の要害が凄すぎて、これは確かに落とせないと感じました。
無料の広い駐車場があります。ざっと40から50台くらい入りそうでしたので、イベントでも重ならない限りは車を止める場所には困らなそうです。城としては説明されないと分からないくらい跡は残ってないですが、ここで徳川軍が良く守り、武田の大軍を食い止めたからこそ長篠の戦いで織田徳川連合軍が武田軍を破ったのかもしれないと考えると、やはり城として歴史を変えるほどの重大な役割を果たしたと言えるのではないでしょうか。もし武田軍がここを簡単に抜いていたら…と思うと、とても重要な合戦の舞台となった城だと思えてきますね。
| 名前 |
長篠城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
0536-32-0162 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP |
http://www.city.shinshiro.lg.jp/index.cfm/6,8420,118,664,html |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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周辺のオススメ
飯田線で訪問。武田が織田に負けた事で有名な戦近くの城跡。城郭はそれほど広くなく鉄道で半分に分断されています。合戦場はとても広くて隣の駅まであります。資料館からレンタル自転車で回る感じです。