歴史を感じる殉国七士廟。
殉国七士廟の特徴
太平洋戦争後、A級戦犯が眠る場所として知られる。
歴史の真実に触れられる貴重なスポットである。
殉国士に感謝と鎮魂を捧げる重要な場所である。
2026年4月29日、昭和100年の昭和の日に、墓前祭へ参列するため訪れました。こちらでは毎年この日に墓前祭が執り行われており、今年で74回目とのことです。車で訪れる場合は、三ヶ根山スカイラインを利用します。通行料金は420円(現金のみ)で、夜20時〜朝8時の間だと料金徴収は無いようです。登山道からの徒歩アクセスも可能です。なお、docomoおよび楽天モバイルは圏外でした。山頂付近にも駐車場が複数あります。石碑や生垣、廟はいずれも丁寧に整備されており、手厚く管理されていることがうかがえます。七士に対する私見は控えますが、その遺骨が安置されているこの場所は、平和な世界を築いていくことを静かに誓う、大切な場だと感じました。
【愛知県西尾市の三ヶ根山-殉国七士廟を慰霊訪問】三重県津市の三重懸護国神社、名古屋市の愛知懸護国神社参拝と同じ日に西尾市の三ヶ根山にある殉国七士廟を慰霊訪問。1人の日本男児として靖国神社や日本全国各地の護国神社参拝。大東亜戦争激戦地を慰霊訪問していますが、殉国七士廟は初めての訪問。終戦後、連合国による東京裁判の判決によって死刑判決を言い渡され、昭和23年12月23日に死刑執行された7名の軍人、政治家を祀っている場所。高さ5メートル程の石碑に「殉国七士墓」と岸信介の揮毫が彫られています。7人の遺骨は実際に碑石の下に埋まっているとされています。東条英機、土肥原賢二、板垣征四郎、木村兵太郎、松井石根、武藤章、広田弘毅ら7名が祀られています。※NikonのフラッグシップミラーレスカメラZ9で撮影使用レンズはF2.8 24-70mmのレンズ。
数年ぶりに三ヶ根スカイラインにきました。初の紫陽花見物です!途中、車を停めれるスペースを見つけて紫陽花を探してみたけど少なかったので、とりあえず山頂に向かうつもりが、『三ヶ根山スカイライン第2見晴台』の看板を見つけたから曲がってみたんだけど、どこ?(笑)。道なりに進んだら、大きな石の門、左右に国旗、とにかくすごいデザインの石像、『殉国七士廟』に到着していました。殉国七士(じゅんこくしちしびょう)は、東京裁判で死刑となったA級戦犯7人の遺骨が実際に埋められている(祀っている) 墓地に来てたわけです。こちらも初めてなので、お参りだけさせていただきました。なかなか見る機会のない場所と空気でした。私たちのあとに着いてきちゃった感じの名古屋ナンバーのひとには申し訳なかったですが....(第二見晴らし台の看板に意義あり!笑)
知らないとはなんと、何と、悲しく、罪なことか。 この地に行かせて頂き、真実を教えて頂いた事に感謝です。この地を美しく守って頂いている方々の尽力には頭が下がります。 ありがとうございます!
幸田町側の登山道から三ヶ根山に登ってきた際にここを通りました。事前に調べてなかったので、山頂にこのような慰霊碑群があるとは思いもせず大変驚きました。「殉国七士廟」とは東京裁判で死刑を執行されたA級戦犯の墓碑で、遺骨も実際にそこに埋まっているとの事。他にも戦没者慰霊碑が多数あり、戦場で散った英霊達がここで眠っています。帰宅してからこの場所について調べてみました。戦後からもう随分と年月が経ち、戦争そのものが風化しつつある昨今。ですが、日本人なら、愛国者なら、ここは一度は足を運ぶべき場所だと思いました。今の日本はこの方達の犠牲の上にあるのだから。
この廟の庭園を管理されている方と話す機会があり、資料もたくさん頂き勉強になりました。アクセスは東幡豆駅からタクシーで行こうと、東幡豆駅からタクシー会社に連絡しても断られたので、西尾まで電車移動しジャパンレンタカーを6時間¥3500で借りて、ようやく辿り着きました。
殉国士と御英霊に感謝する場所。何度行ってもいい所です。下のお墓も全部参拝してきます。
昨年2月にブラっとドライブに出掛けて三ヶ根山ドライブウェイで休憩中に見つけました。息子と歩いて向かいましたが前知識無し。しかし驚くべき事か太平洋戦争のA級戦犯の判決を受けて処刑、遺骨は英雄視されないように海洋投棄されるべきはずなのが実はここに眠られている。そのストーリーは殉国七士で是非検索してください。日本国民なら是非知っておきたい教科書に載せたい事例である。
ネット社会の現代でもなかなか知ることが出来ないことを知ることが出来て、行った甲斐がありました。写真に収めてきましたので、是非読んでみてください。
| 名前 |
殉国七士廟 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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ある地域に幾世紀を超え居住しその土地の気候風土に合わせ穏やかに暮らしてきた土着の民がいましたそこへもし利益を求め力によって分け入ろうとするものがいたらどう行動すべきなのだろう?その問いは投げかけ続けられるもし近くに同じ境遇の者がいたら?自身が力をつけ己を護り手を差し伸べる・・・特異な考え方なのかな?それと同時に己自身が属するところは潔白なのか?そんなものは無い答えが出ないだから考え続けるしかない。