吉橋大師と恵比須様、心安らぐひととき。
東福寺の特徴
吉橋大師第七十六番の札所があり、信仰を深められます。
ペット供養塔には常にお花が供えられ、愛情が感じられます。
習志野七福神の恵比須様が本堂向かいに鎮座しています。
R6.11.7 参拝 吉橋大師八十八ヵ所76番、習志野七福神恵比寿、 習志野七福神恵比寿のスタンプ拝受 御朱印は無し。
谷津二丁目にある真言宗豊山派の瑠璃山東福寺です。掃除の行き届いた、落ち着きのあるお寺さんてす。東福寺の概要習志野市谷津にある真言宗豊山派寺院の東福寺は、瑠璃山医王院と号します。東福寺の創建年代等は不詳ながら、現在の本尊である薬師如来は天文元年(1532)にとある老僧が当寺住職の円観上人に託したものだといい、戦国時代には既に創建していたことがわかります。習志野七福神の恵比須、吉橋大師八十八所霊場76番です。東福寺の縁起東福寺の創建年代等は不詳ながら、現在の本尊である薬師如来は天文元年(1532)にとある老僧が当寺住職の円観上人に託したものだといい、戦国時代には既に創建していたことがわかります。東福寺谷津村の東福寺は本尊が薬師如来で、瑠璃光山医王院東福寺と号している。近世は通して馬加村宝幢寺の末寺であったが、明治年間には一時鷺沼村の慈眼寺の末寺になったようである。明治初期の本堂の規模は間口七間・奥行五間三尺。同寺の縁起によると、本尊の薬師如来は天平二年(七三〇)四月に、僧行基が難病平癒のために彫刻したものとある。その後、源義仲(木曽義仲、一一五四~八四)の守り本尊となっていたが、星霜数百年を経た天文元年(一五三二)三月にある老僧が東福寺を訪れ、住職の円観上人にこの話をして置いていったものという。円観は由緒あるこの薬師如来を直ちに本尊として、日々供養していたが、寛文四年(一六六四)八月宥円の代に、江戸の大仏師徳元が箔仏に修理しようとしたところ、仏罰を蒙り盲目になってしまったという。このような畏れ多い尊像であるが様々な霊験があり、なかでも眼病平癒祈願にはその効力は抜群であるとしている。宥円のあと住職は、慶誉・実宥と続き、この実宥を法流開山として、以後法流二代覚栄・三代実円・四代真栄・五代実海・六代宥長・七代周算と続いている。そして享保年間(一七一六~一七三五)の住職である実円の代には、本尊の開帳が行われている。(「習志野市史より」)2023/9/14投稿。
境内に吉橋大師第七十六番の札所がありお参りしてきました。
真言宗のお寺です。大きな銀杏の樹が有り、ぎんなんが沢山落ちています。
ペット供養塔に手向けられる花が絶えたことがありません。
習志野七福神。
習志野七福神の恵比須様が本堂の向かい側にいます。それ程大きくはないですが、本堂も立派で境内もきれいです。立派なご霊木も見ものです。駐車場が2ヶ所くらいあるので、安心です。
母方のお寺で、私にとって、赤ちゃんの頃から親しみ深く、曾祖父嘉平次、恒次、叔母松江の法事が行われました。質問すると、とても分かりやすく説明くださいました。お顔も心もお優しいお坊様でした。母祖父母両親の関係から必ずご挨拶しています。
真言宗豊山派。瑠璃山医王院。ライターを忘れたが墓を管理する人がいてバーナーで線香に火をつけてもらった。(2018年8月11日)
| 名前 |
東福寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
047-452-1755 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
〒275-0026 千葉県習志野市谷津2丁目11−17 東福寺 |
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