小郡市大板井の神秘、髙良玉垂命の御子神。
王子宮の特徴
高良玉垂命を祀る神社で、歴史を感じる場所です。
宮の馬場に鎮座し、美しい楼門が印象的です。
玉垂御子神社由来の神聖な雰囲気が漂っています。
楼門があるお宮。高良大社の祭神の御子を祀るため王子の名前のようです。
玉垂御子神社由来鎮座場所 小郡市大板井 宮の馬場祭 神 髙良大社 祭神は髙良玉垂命(こうらたまたれのみこと)の御子神である。脇 神 斯礼賀志命(しれがしのみこと)。朝日豊盛命(あさひとよさかりのみこと)。暮日豊盛命(くれひとよさかりのみこと)。渕上命(ふちがみのみこと)。谿上命(たにがみのみこと)。那男美命(なおみのみこと)。安志奇命(あしきのみこと)。坂本命(さかもとのみこと)。安楽応宝秘命(あらおほひのみこと)。が祀られている。元禄十年の「御原郡 井上組社方開基」によると。一,王子大菩薩 神殿,壱間半に,二間半,小枝葺 拝殿,弐間に,三間,瓦葺大板井,小板井両村之氏神にて御座候,開基相知不申候,祭礼,九月二十九日執行仕候 大保村民部一,楼門 一間に弐間 瓦葺一,薬師 五尺四面 茅葺右王子大菩薩 境内に御座候とある。現在(紀元二六五八年 西暦一九九八年)の平成十年の本殿弊殿は昭和二十三年七月に焼失し,同年八月二日 久留米市御井町高良大社より勧請 同四十年五月鉄筋コンクリート造の本殿弊殿を再建し現在に至っている。尚,境内神社として,神殿に向かって左側に須佐能男神社 右側に若宮神社(応神天皇 仁徳天皇)が祀られている。祭礼日一月一日 元旦祭六月下旬 七月上旬 夏祈祷(さなぼり おこもり)八月二日 夏祭十月二日 秋祭監修宮司 多田隆楼門掲示由緒村社 玉垂御子神社 三井郡小郡村大字大板井字宮馬場祭 神 斯禮賀志命,朝日豊盛命,暮日豊盛命,淵上命,谿上命,那男美命,坂本命,安志奇命,安楽應寶秘命,菅原神由 緒 不詳,明治六年三月十四日村社に被定。祭神菅原神は字屋敷無格社天満神社として祭祀ありしを明治四十四年三月二十九日合併許可,大字小板井字屋敷無格社天満神社として祭祀ありしを大正十一年五月十六日合併許可,同一祭神に付合靈す。例祭日 十一月十五日主なる建造物 神殿,廊下,拝殿,神門,社務所境内坪数 六百五十八坪氏子区域及戸数 小郡村大字大板井向小板井 百五十一戸境内神社 須佐能男神社(素盞嗚命)若宮神社(應神天皇,仁徳天皇)福岡県神社誌 中巻注連掛柱:「王子宮」「奉寄進」一の鳥居:「奉寄進」「王子宮」「参宮記念」
| 名前 |
王子宮 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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板井玉垂御子神社(王子宮)は、西鉄小郡駅の東1.1kmほどの小郡市大板井(旧三井郡小郡村大字大板井字宮馬場)の集落の中に鎮座している神社です。旧社格は村社です。大板井と小板井の鎮守です。最寄りの甘木鉄道の大板井駅からだと南へ200mくらいです。由緒は不詳ですが、元禄10年(1697年)の「久留米藩社方開基」に「王子大菩薩」と茅葺の楼門の記載があります。明治44年(1911年)には天満神社を合祀しました。昭和23年(1948年)本殿幣殿を焼失しました。昭和40年(1965年)鉄筋コンクリート造の本殿弊殿を再建しました。一の鳥居は、昭和7年(1932年)の建立です。二の鳥居は、昭和2年(1927年)の建立です。三の鳥居は、昭和48年(1973年)の建立です。御祭神は、斯礼賀志命、朝日豊盛命、暮日豊盛命、淵上命、谿上命、那男美命、坂本命、安志奇命、安楽応宝秘命、菅原神です。主祭神は、高良玉垂命の御子神で、もとは大板井・小板井両村の氏神でした。境内は広くはありませんが、小郡市内でも三社しかない瓦葺の立派な三間一戸の楼門が建っていて、入母屋造の江戸時代後期の建築です。境内社として須佐能男神社(素盞嗚命)、若宮神社(応神天皇、仁徳天皇)があります。平安時代の「和名抄」には「御原郡 板井郷」として確認でき、南北朝時代は「板井庄」と呼ばれていました。鎌倉時代の「吾妻鏡」元暦2年(1185年)7月12日条に「平家没官領板井種遠跡」とあることから、府官大蔵氏の一族板井氏の所領があって拠点としていたと考えられています。建仁元年(1201年)の「高良宮造営田数注文」に80町、高良社(現久留米市)の阿志岐宮領と記載されています。江戸時代には旧秋月街道の沿いの村でした。神社のある「大板井(おおいたい)」という地名は、かつてあった筑後久留米藩の御原郡(みはらぐん)大板井村に由来します。明治22年(1889年)大板井村、小板井村、小郡町、福童村、寺福童村、大崎村が合併して改めて小郡村が発足して、大板井村は消滅しました。明治29年(1896年)三井郡(みいぐん)小郡村となりました。昭和28年(1953年)小郡村が町制施行して小郡町となりました。昭和30年(1955年)小郡町・立石村・味坂村・三国村・御原村が合併し、改めて小郡町が発足しました。昭和47年(1972年)小郡町が市制施行して小郡市となりました。