市街地の中世城郭、探検の楽しみ!
大智庵城跡の特徴
市街地の中にひっそりと佇む、中世城郭の遺跡です。
見つけるのが難しいが、探検する楽しさは抜群です。
現存するのは地形のみで、城の遺跡はありません。
佐世保工業高校向かい側の登り口(案内標識あり)からしばらく登っていけば、大智庵長命寺そばに城址公園への少し長めでキツい石段があります(お寺の駐車場はありますが無断駐車は避け、すぐ側にあるスペースに横付けした方がいいかもです)主郭部には落城の際自害した丹後守政の墓がありますが、元は文珠岳麓の志賀神社にあって、ここに移されているようです。遺構は主郭部周辺の空掘くらいしかありません。この城は相神浦(相浦)武辺城にいた宗家松浦氏第14代・定公が戦略上の要衝として、1490年頃築城し新たな本拠としています。翌年、この城から島原の有馬氏や大村氏と共に平戸方の松浦弘定を討つべく出陣。弘定が籠った箕坪城攻めの際の怨恨から、のちの15代・丹後守政が城主時代の1498年3月に(印山記によれば、巻狩りの際のいざこざで追放された家臣・山田右衛門兄弟の手引きにより)松浦弘定の夜襲を受け落城。奥方の南殿と1歳程だった嫡男幸松丸(後の飯盛城主・宗金親)も平戸方へ捕らわれています。
説明板はしっかりありますが、遺構はよくわからない。説明板は昔から変わらないので、最新の情報が欲しいところ。
ふらっと立ち寄れる市街地の中になる中世城郭。
見つけるのは難しいが、探検するのは楽しい!間違いなく価値があります。(原文)Hard to find but fun to explore! Definitely worth it.
少し誤解を招くここには城がなく、城の遺跡もありません。室町時代の芭蕉で、城を所有していた松浦丹後の神聖師に属する墓です。(原文)A little misleading. There is no castle here, nor even remains of a castle. It's a grave belonging to Matsuura Tango No Kami Masashi, a bushi from the Muromachi period, who owned a castle on this ground.
少し誤解を招く。ここには城はなく、城跡もありません。この地に城を所有していた室町時代の武士、松浦丹後の神正の墓です。(原文)A little misleading. There is no castle here, nor even remains of a castle. It's a grave belonging to Matsuura Tango No Kami Masashi, a bushi from the Muromachi period, who owned a castle on this ground.
現状は地形を残すのみ。地元の治安上の不安要素であり、積極的な活用が期待される。
| 名前 |
大智庵城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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平戸松浦氏から見て本家筋に当たる“相神浦“松浦氏の本拠地の一つ。実際に行った事があるが、本拠地としては小さな城廓であり、どちらかというと“平時の城“という印象が強い。(甲斐武田氏の躑躅ヶ崎舘のような性質を持つ城というべきか?)相浦川流域、佐世保川流域双方に出られる要衝ではあるが、とにかく小さい。