1294年築城の歴史を感じる亀丘城跡!
長崎県壱岐市亀丘城跡の特徴
亀丘城は波多氏が築城した歴史ある山城です。
1294年に創建された城としても知られています。
別名亀尾城としても親しまれる貴重な史跡です。
かめおか城。岸岳城主の波多宗無が築き、その後日高甲斐守喜が奪取した後、松浦氏の臣下となる。今は亀丘公園となり二の丸、三の丸は駐車場、保育施設。主郭周囲は空堀、土塁あり。北側斜面に石垣あるが時期は不明。
1294年に唐津にある肥前岸岳城主 波多宗無が築城とされます。15世紀後半に壱岐を分割統治していた松浦五党を攻め滅ぼし壱岐全域を領有。この亀丘城を修築して統治。しかし、家督争いを巡る争いから重臣日高氏が謀反を起こし岸岳城を占拠しますが、有馬・龍造寺の支援を受けた波多氏に攻められ、壱岐に逃れて亀丘城を占拠。日高氏は龍造寺に対抗するため松浦氏と手を組みますが後に従属。以後壱岐は松浦氏が領有することとなり江戸時代ま統治が続きます。江戸時代には廃城となりましたが、三の丸に陣屋を置いて、この地を中心としての統治は続きました。現在は本丸は公園として整備され、周囲は学校や官公庁が建てられ面影はほとんどありませんが、一部残った石垣や急峻な坂道等が当時の堅固さを思わせてくれています。
長崎県指定史跡亀丘城跡亀丘城は波多氏が壱岐を支配するために築城し拠点とした城です。現在は本丸の一部が公園として整備され周辺は市街地になっています。遺構はほとんど残っておらず本丸の空堀と思われる斜面に石垣があります。#お城 #城 #城跡 #城巡り #城好き#長崎県 #壱岐市 #壱岐 #亀丘城#亀丘城跡 #亀丘公園。
| 名前 |
長崎県壱岐市亀丘城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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亀丘城(別名、亀尾城)は、鎌倉後期の永仁ニ年(一二九四)、肥前国上松浦波多郷(現、佐賀県唐津市北波多)の岸岳(岸獄)城主・波多宗無が築城したとえられる山城である。郷ノ浦港を眼下に一望する亀丘城は、永仁の築城から明治に至るまで、壱岐の軍事・政治の中枢をなした城のひとつであった。