平田靱負の銅像で歴史散歩!
平田靱負銅像の特徴
安八郡の神様が生まれた歴史的な場所です。
散歩コースの途中で休憩するのに最適です。
薩摩藩と深い関わりのある史跡です。
薩摩藩の家老で、1774(宝暦4)〜75年(宝暦5)、遠く離れた美濃の木曽三川治水工事を指揮した偉人です。 約1000名の薩摩藩士とともに約1年3ヶ月で工事を完了させましたが、犠牲者80名超、莫大な予算を費やしたことで責任をとり、自ら命を絶っています。(享年50歳)岐阜県では、この治水工事について小学校から学び皆が知っている歴史であり感謝されているようです。鹿児島でももっと知ってもらい、平田靱負ほか薩摩藩士の功績を讃えるべきだと思います。
木曽川治水工事に尽力した平田靱負さんの銅像が建っています。のちに工事中の多大な犠牲をだした責任をとって自害したと言われています。幕府の弾圧による工事でしたが、岐阜の人たちは治水工事のおかげと薩摩に感謝したという逸話も残っているそうです。銅像と岐阜県と姉妹都市の記念碑が建っています。現在でも岐阜の人たちは鹿児島に感謝していると、岐阜在住の人が言っていました。
安八郡の神様が薩摩藩や❗️
♦️この地に生まれる。宝永元、1704年木曽川治水工事の総奉行の指揮❗
生まれ故郷なのです!
散歩コースの休憩場所にどうでしょう!
| 名前 |
平田靱負銅像 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
099-227-1962 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP |
https://apec.aichi-c.ed.jp/kyouka/shakai/kyouzai/2018/syakai/owari/owa107.htm |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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250年前、薩摩藩が幕府の命により美濃(現在の岐阜県)の木曽三川の改修工事を実施した際の総奉行である平田靱負の生家跡地です。岐阜から鹿児島へ出張の際に立ち寄りました。他のコメントに有る通り、岐阜県南部や愛知県西部の木曽三川の流域の人には現在でもその名が良く知られています。(学校で習うので)木曽三川の下流域には「千本松原」と言いまして、1kmに渡り樹齢200年以上の日向松が並ぶ場所が有りますが、当時の薩摩藩士が工事完了の折に現在の鹿児島、及び宮崎から苗を運んで植えたと伝わっています。