沖縄戦の激戦地、神秘の為朝岩。
ワカリジー・為朝岩(ニードルロック)の特徴
沖縄戦の激戦地としての歴史が感じられる場所です。
冬至には久高島からの光が岩を照らす神秘的な仕掛けがあります。
地元の信仰対象であり、沖縄の歴史を深く知ることができるスポットです。
80年前沖縄は戦場だった。この岩は、日米どちらで従軍した人の手記にも登場する岩。この岩の周りでこの高地を確保するための激烈な戦闘が行われ、銃弾に倒れた多くの遺体がおり重なっていたことだろう。
前田高地にあるワカリジー(為朝岩)です。遠くからでも目立つ存在で、沖縄戦においても目印とされたようです。道のりは意外にもトレッキングになるため、サンダルは止めた方が良いと思います。
ワカリジーは浦添城跡の東端に屹立する岩で、頂上の標高は約一四八メートルと市内で最も高い場所となっています。一七一三年に成立した地誌『琉球国由来記』には浦添城内の御嶽についての記述があり、その中の「小城嶽」はワカリジーにあたると考えられています。「為朝岩」とも呼ばれますが、これは近代になって付けられた呼称だと言われています。ワカリジーは、英祖王と女神職のウシキンベーとの間に生まれたイソノシー(伊祖の子)を祀った場所とされ、主に前田集落から信仰され、首里や那覇からも参拝者が訪れたといいます。沖縄戦中は米軍から「ニードルロック (針のような岩)」と呼ばれ、日米両軍の間で争奪戦が繰り広げられました。-案内板より-
前田高地にあるワカリジー。特徴的な形から、大戦時にも両軍の目印とされた。歩くと琉球時代のグスクの瓦かけがまだ落ちていることが驚きだった。
沖縄戦で日米双方が激戦を繰り広げた地点とのことです。確かに目立つ巨大な岩がありますが、それだけで他には何もありません。周辺には他にも戦争史跡があり真面目にそれらを巡るのであれば価値あるかもしれませんが、単にネットで見所調べて来るだけならデカい岩があるで終わってしまいます。
以前は霊園のルートと消防署のルートでしか辿り着けなかったが、現在は浦添小学校の方から綺麗に道が整備されています。
ゆいレール「浦添前田駅」から20分位なので運動靴で目指します。まずは、駅の北西側階段を降りてスタート。「浦添前田駅」→「浦添大公園南エントランス」自動車の人はココに駐車→「石畳道」→「浦添城前の碑」右側の未舗装なだらかな坂を登って→「殿」草原広場みたいな場所→展望台広場→東側の森に入ります→「工事通行止めの看板」の左側に下に降りる階段があります→「前田高地平和の碑」→自動車が通れる細道を墓地の中150m位進む→三叉路を右側へ登る方向へ→フェンスが見える→標柱発見。上を見上げるとワカリジーがあります。岩の下から見上げると12m位の高さがあり畏敬の念を抱きます。琉球国時代には浦添城の石垣が近くまであったようですが、現在は見られません。
2022.11.15浦添ようどれ側から南のガマを経由して行こうとしたがたどり着けなかった。東側から回り込む必要があるようだ。麓から眺めたが、まさにニードルロック。良く目立つ。戦いの象徴のような岩だ。
よく見ると銃弾の跡が見えて前田高地辺りの激戦が感じました。ここで戦死された両軍の兵士に黙祷させていただきました。
| 名前 |
ワカリジー・為朝岩(ニードルロック) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
098-876-1234 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
2026年2月5日に偶然みつけました。ゆいれーる・浦添前田駅から住宅街を抜け、急斜面の階段を上り、右に進んだところで見上げるような大きな岩に遭遇。これがワカリジーでした。この後、近くの案内図をみて、左のようどれ方面へ進んでしまったため通り抜けることなく通貨。改めて訪れたい。