琉球王国の歴史、石畳の道。
国王頌徳碑の特徴
琉球王朝の歴史を感じる、尚清の徳を讃える石碑です。
首里城と井の獄を結ぶ、整備された美しい石畳があります。
那覇市の自然を楽しめる、絶景ポイントが魅力の場所です。
琉球国時代の旧跡。何故かこの石碑の碑文を読んでみましたが、漠然と旧い時代の事情が見え隠れしているような感覚がしました。
近くの首里そばに行く時間調整で訪問、沖縄戦で破壊され、本物が県立博物館にあることは知りませんでした。
琉球王国時代1543年(嘉靖22)に建立された石碑です。1945年の沖縄戦で石碑は破壊され新たに復元された碑の一部は沖縄県立博物館に保管されています。石碑の表は琉文、石碑の裏は漢文で刻まれています。碑文は首里城から、古来より崇拝された弁ヶ嶽・齋場御嶽の遙拝所として整備された、那覇市内最高の標高への道を石畳道にして、周辺に松樹などを植え、参道を整備した国王尚清の徳を讃えた内容となっています。また、首里城から東に延びる丘陵「上の毛(ウィーヌモー)」の東端部を「かたのはな」といい、この付近に建立されたことから、別名「かたのはなの碑」ともいうようです。
首里城への入り口になります。なかなか坂道がキツいので、元気のある方にはお勧めします。
琉球王朝時代に崇拝する拝所の井の獄(現在の斉場御嶽や久高島)に通じる石畳を作り整備しました。その後に功績を称え記念碑を立てた。石碑は破壊されたが一部残存し、再建築されました。その頃に首里から那覇へバス停留所発車点となりました。
琉球国の時代1543年、2021年から遡るごと478年前に時の国王 尚清(しょうせい)が、首里城から弁ケ嶽までの道を石畳とし、周辺に松を植え整備をした徳を讃える石碑。別名:かたぬはなぬ碑とも呼ばれてたとの事。
周辺を整備した国王の徳をたたえる碑で復元されたものです。
ここは首里城の一番東端になります。この碑は、首里城から東に延びる丘陵「上の毛(ウィーヌモウ)」の東端部を「かたのはな」といい、この地に建立されたため「かたのはなの碑」とも言うそうです。
初めての沖縄。ゆいレールの首里駅から歩いて来たので、首里城へはこの碑の在るここから上る結果となりました。まるで普通の道路(現世)から別世界への境界。道々に生える沖縄特有の木々に感心したり、連なる六角形の石の石垣に感嘆したり、下り階段から見下ろせる街に感動したり、とワクワクする旅の正に入口と相成りました。碑文の詳しい内容は忘れましたが、どうやら江戸時代より前にあった石碑の再現らしく、かつて偉大な王がこの地に「松を植えた」という記述だけは覚えています。坂を登りながら見る松は、普通のクロマツと思ったら「リュウキュウマツ」という種類だそうで、嗚呼ここは「うちなー」、沖縄なんだと感じた最初の出逢いでした。尚、オリジナルの石碑は沖縄戦で破壊されたとの事ですが、一部が沖縄県立博物館・美術館(登った高台から遠くに白く美しい外観が窺えます)にあるそうで、今回は時間が無くて諦めましたが、次回は是非とも見に行こうと心に決めています。
| 名前 |
国王頌徳碑 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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2026年2月6日に散策でみつけました。ゆいレール首里駅から首里城公園に進むと公園入口脇にあります。沖縄戦で破壊された1543年に建てられた碑の複製です。「国王頌徳碑」は、首里城から古来崇拝されていた弁ヶ嶽までの道を石畳に整備し松を植えるなどした国王尚清を称えた碑だそうです。弁ヶ嶽は東に15分程度歩いた弁ヶ嶽公園にある御嶽のことのようです。