対馬丸の悲劇を伝える資料館。
対馬丸記念館の特徴
学童疎開時に米潜に撃沈された対馬丸の記念館です。
沖縄の負の歴史を語り継ぐ重要な場所です。
戦争の悲惨さを感じる展示がある小ぢんまりした博物館です。
沖縄には何回か来ていますが、まだ行ったことがなかったので今回、時間ができたので行ってきました。入場料500円を払い入館すると館内は学童の遺品や生存者の方の証言を見聞きすることができます。乗船数は1800人弱に対して氏名が判明者が1488人といまだ正確な乗船者が不明ということでした。このような戦争の悲劇を目の当たりにし、胸が締め付けられる思いがしました。戦争の悲劇を知るうえでできれば行ってほしいと感じる場所でした。
80年以上前の話ですが、疎開移動中に魚雷に狙われるという、しかも小学生以下が大半を占めていたということで、日本史の歴史にあまり知られていない事実が知れました。誰が乗っているかは関係なく元々この船を沈めようと計画されていただけに無念です。駐車場はありません。近くのパーキングに停めて向かうのが良いでしょう。10分ぐらいの動画が見れます。入場料一般500円。
牆上的每一個名字,都是一張沒有回程的船票。🌊在一排排陌生的名字裡,忽見「台中丸」與「嘉義丸」。異鄉的石牆,竟刻著熟悉的家鄉。原來那片海,不只隔開了陸地,也把同一種心碎,連在一起。那天的晚餐涼了八十年,家裡的那些空位,始終等不到人回來。🕰️我們走進來,不是為了閱讀悲傷,而是為了確認——有些失去,並沒有成為過去;這份跨越海洋的記憶,把現在的我們,溫柔接住。🕊️🤍———————————————————壁に刻まれた名前のひとつひとつは、還りのない船の切符でした。🌊見知らぬ名前の列の中に、ふと「台中丸」「嘉義丸」の文字を見つけました。異国の石壁に刻まれた、懐かしい故郷の名。あの海は、ただ陸を隔てるものではなく、同じ悲しみを、一つに繋いでいたのです。あの日の夕食は、もう80年も冷たいまま。家で待つあの空席に、誰かが戻ることはありませんでした。🕰️私たちがここを訪れたのは、悲しみをなぞるためではありません。確かめるためです——失われたものは、決して過去のものではないと。海を越えて守り抜かれたこの記憶が、今を生きる私たちを、優しく受け止めてくれるのです。🕊️🤍
第二次大戦中の「対馬丸撃沈」にフォーカスした記念館で規模はそれほど多くありませんが、戦争の悲惨さがひしひし伝わってくる資料の数々。訪問した日も多くの修学旅行生が来ていました。自分の記憶をたどれば、修学旅行で学んだことはほぼ覚えてはいないですが、若い頃から過去に起きた戦争ということに向き合うことで、年齢を重ねてから生命の大切さを実感できるのではと改めて思いました。
主に疎開児童たちが対馬丸に乗船していて、米軍に撃沈された悲劇を伝える記念館です。戦争という愚かな行為が、弱者を犠牲にしていく罪深き面を忘れないためにも、必ず一度は訪れるべき場所です。
土曜の午後に伺いました。「対馬丸」という言葉は聞いた事があったけど、何が起こったのかを知りたくて行ってきました。この日はゆいレールの一日乗車券で移動していたので、チケット提示で少し安く入館出来ました。疎開児童が乗っていた船がアメリカ軍によって沈没させられた。本当に涙が止まらなかったです。是非多くの人に来て、知って欲しいと思います。
日本人こそ行くべきだと思います。あの80年前の歴史を忘れてはなりません。将来未来に向かって生き続ける為に、何をなすべきかを考える為に、見て考えていききりたいと思います。
あまり知られていない日本の歴史の一つ。沖縄の地上戦が始まる前の出来事として、忘れてはいけない歴史だと思います。たくさんの日本人に訪れてほしい場所です。
昨年行きました。児童の疎開で沈没した船、助かった人も戦争の理不尽さを思いながら生き抜かれたと思う。戦争の恐ろしさ、理不尽さ、絶対に阻止する必要がある。今の平和が危うい感じを受けるからこそ若い人達に見てもらいたい。
| 名前 |
対馬丸記念館 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
098-941-3515 |
| 営業時間 |
[月火水金土日] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
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対馬丸記念館のパンフにあるメッセージ「未来へ伝えたい 平和への想い」を重く受け止めました。アクセスは、ゆいレールの「県庁前駅」から徒歩15分くらいかかります。付近には波の上ビーチ(那覇市内唯一の海水浴場)、波之上宮などが在ります。これらと合わせて行かれるのがよいと思います。入場料は500円(ゆいレールの1日券があると割引あり)。是非とも、一度は立ち寄っていただきたい場所です。人生の中の1時間、いや30分でよいので、悲惨な事実とその後についても知って欲しいし、伝えて欲しいです。「対馬丸」は、学童疎開のために使われた貨物船です。終戦前年の1944年8月22日に米国の魚雷によって沈没しました。犠牲者は1400名を超えます。そして、その多くは子どもです。何の罪もありません。ただ、雪が見られる、富士山が見れると遠足気分で那覇の港を出ました・・・(;_;)是非、「小桜の塔」にもお立ち寄りください。(合掌)