古河公方の守り神、幸手の小神社。
正一位一色稲荷神社(幸手城跡)の特徴
幸手駅近くにある美しい神社です。
室町時代から続く歴史的な遺構です。
一色氏の守り神として信仰されています。
こじんまりとした神社です。駅から近いので行きやすいと思います。
キレイな神社です。
引っ越し先を探している途中に神社を見かけ、早く引っ越しできますように。という気持ちを込めて、お参りをしていたら、丁度お祭りの準備をしていた町内会の人達がいたので、神前でお参りを勧められました。神前でのお参り後、神様の巡り合わせと地元の人の暖かさがとても嬉しかったので、日本酒を奉納しました。
幸手駅は始めて降り立ちました。権現さくら公園に行く途中偶然目に止まりました。この一色稲荷神社⛩️は正一位一色稲荷大明神,とも称される。
駅ちかくの小さな神社です。キレイでした。
室町時代以来、鎌倉(古河)公方の喜連川移封まで代々家臣を務め、幸手に所領のあった一色氏の城館(陣屋)跡の一部で、一色氏代々の守り神であったという。駅がちょうど幸手城の跡にあたると伝わる。
| 名前 |
正一位一色稲荷神社(幸手城跡) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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【幸手城跡と陣屋稲荷】幸手駅附近は裏町と呼ばれ、城山または陣屋という地名が伝わっていますが、かつてこの一帯には、古河公方足郡氏の家臣一色氏が拠点とした幸手城があったといわれています。江戸時代の地誌『新編武蔵風土記稿』(以下『風土記稿』)の幸手宿の項には「城蹟」についての記述があり、古河公方足利晴氏、義氏に仕えていた一色直朝の居城と伝えています。また、直朝の子の義直は、小田原の北条氏没落後は徳川家康に仕え、天正十九年(一五九一)には幸手の内に五一六•石の領地を与えられています。さらに『風土記稿』には、「小名牛村の内にあり、宇城山と号すれど、もとより古利根川を要害にあてし城にて平地なり、いつの頃よりか畑となり」と記されています。現在は昔をしのぶ土塁跡などは見ることが出来ませんが、城跡と思われる位置から選(南東)の方向に祀られているこの陣屋稲荷は、別名「一色稲荷」とも呼ばれ、一色氏の守り神として祀られた氏神と伝えられています。今でも地元の人々の信仰を集めており、毎月二十二日の縁日と、棚午祭などの祭りが行われています。