古城の遺構で満開の桜。
雉岡城跡(城山公園)の特徴
児玉中学校裏に位置し、見応えのある土塁と堀が良く残っています。
桜の季節には特に魅力を放つ小山川沿いの名所として知られています。
室町時代の歴史を感じられる、上杉氏の本拠地跡が残る公園です。
前から興味があり寄って見ました割りと落ち着きます近くにお寄りの際はどうぞトイレも綺麗です休憩に寄るのもいいです。
遺構としては馬出曲輪しか遺っていませんが、それでも十分に見応えのある城址なので、平城としてはかなりの規模であり、山内上杉氏, 後北条氏にとって重要な拠点であった事が偲ばれます。
鎌倉街道上の要衝にあたる児玉の地に築かれた関東管領上杉氏の城で、後北条氏の時代に大幅に拡張されました。豊臣秀吉の小田原征伐であえなく落城、その後は何度か主を変えたものの、江戸時代初期には廃城となっています。城址の雰囲気が保たれているのはもとの城域の三分の一ほどで、残りは中学校と高校の用地になっているので立入もできませんが、縄張の保存状態は意外とよく、城郭の機能性を看取できます。最寄のJR八高線児玉駅からは徒歩圏内なものの、ここだけのために遠路はるばる足を運ぶほどのものではありません。しかしながら児玉駅から八王子方面に三駅の寄居駅の近くには北条氏邦が本拠とした鉢形城があって、こちらは関東屈指の見ごたえです。城址内の「氏邦桜」も見事です。児玉駅からは四キロほど離れたところには県指定天然記念物の「骨波田の藤」があって、児玉駅周辺には塙保己一記念館、近代化産業遺産の競進社模範蚕室などもあって、あわせての立ち寄り先にも苦労しません。
2025/4/12の早朝に訪問。桜は見頃でした。敷地内はそれほど広くは無く、良く整備されており、多数の桜が綺麗でした。駐車場は狭く、トイレの隣に2台分と、後は入り口の車止めの前に2〜3台駐められる程度かと。
きじがおか と読みます。埼玉県本庄市(旧児玉町)の城跡。街道が交わる要衝に築かれ、現在の敷地の何倍も大きかったようです。土塁や空壕が保存されています。4月上旬に訪問したら桜が満開できれいでした。駐車場はトイレの脇に2台分くらいしかありません。
関東管領山内上杉家の城跡ですが、後に入城した北条氏による改修にて巨大な土塁、横矢掛けの空堀、南北東に配置された馬出し等、北条流築城術がプンプン臭う城郭跡です。平城の多数が煙滅する中、一部とは言え見事な遺構が残り、遺構を生かした城址公園化が素晴らしいです。主郭部や北部は宅地化や学校建設により無くなりましたがそれでもこの土塁のインパクトは凄いですね。土塁&空堀好きにはたまらないです。桜でも人気な公園ですがチラホラ咲き始めましたね。生憎の天気の登城でしたが、素晴らしい遺構が見れて満足致しました。今後も遺構の保存に尽力願いたい物です。
発掘現場見学ができるということで、雉岡城趾に行ってきました。昔はここの公園に動物がいましたが、今は動物はいませんでした。桜の木が植えてあるので桜の時期は綺麗になりそうです。今回は発掘現場見学ということで臨時駐車場を用意して頂けましたが、普段は入口に数台停められるだけだと思います。トイレも入口にありました。城趾ですが起伏のある公園です。これこら調査が進み色んなことがわかると楽しみです。
5月3日訪問。春は桜の名所のようです。今は躑躅が見頃でした。天守閣等は現存しません。東屋やベンチがあり、散歩や散策されている方が沢山いました。
2023/03/28曇り満開の桜に癒されました。平日の昼間は地元の方々がちらほら訪れている様でした。
| 名前 |
雉岡城跡(城山公園) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0495-25-1186 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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雉岡(「きじおか」・「きじがおか」)城は埼玉県北西部の本庄市児玉町八幡山(はちまんやま)にあり、旧字雉岡の地名をとってつけられた城で、小丘陵上に築かれています。別名を「八幡山城」ともいいます。戦国時代に関東管領山内上杉氏が築いたと伝えられ、上杉氏の家臣夏目豊後守定基が最初の城主で、その後北条氏邦に攻略され後北条氏の持城となり、1590年(天正18年)の小田原征伐では前田利家率いる北国勢に攻められ落城しました。小田原北条氏滅亡後、江戸城に徳川家康が入り、関ケ原合戦の翌年の慶長6年(1601年)には、合戦の勲功により城主が三河国(愛知県)へ転封となり、城は廃城となりました。明治時代に不毛な大規模開発をされ、城の遺構の多くが失われています。現在、雉岡城跡は埼玉県指定文化財(史跡)となり、城内には大規模な土塁や堀が残されています。現在城址は「城山公園(雉岡城跡公園)」として整備されており、土塁や水堀、空堀などの遺構が残っています。また二の丸跡は市立児玉中学校に、三の丸跡は県立児玉高校の敷地になっています。夜泣き石という民話の残る大小の石もあります。春には桜の名所となり、親しまれています。