タモさんも訪れた開拓の碑。
富良野平原開拓発祥之地の特徴
上富良野町西2線に位置する開拓のスタート地点の碑があります。
ノロッコ号の車窓から見える歴史的な場所です。
ブラタモリでタモさんが訪れた名所としても知られています。
線路脇。駐車場なし。
上富良野町西2線にある史跡。1897年(明治三十年)田中常次郎率いる8人の三重団体が未開の地であった富良野原野に入りこの場所にあった楡の木で一晩を過ごしたそうです。その後三重団体に続いて入植者が増え富良野の開拓が進められてきました。田中常次郎が休んだ楡の木があった場所こそこの地でここから富良野の開拓が始まったとされています。楡の木は現在ありませんが大きな看板と憩の木という記念碑が建てられています。田んぼの中に建てられていて土地も開けているので景色が良いです。この田んぼも先人達の努力によって出来上がったのだとしみじみ思います。
ここの地主さんと知り合いです。
開拓のスタート地点の碑があります。今は広々とした農園や牧場などが当たり前に在りますが、当時原生林だらけだったのかな〜など思いふけりました。
ナビを便りにしたが、目的地の位置がハッキリしない為、タブレットでルートを表示で到着した😅。ルートは上富良野駅から線路沿いに北上し、西3線の道路に出て、踏切が見えるので越えると、右手の畑の中に「富良野平原開拓発祥之地」の塔状の石碑が建立されている。周りは一面畑であり、写真には気を使いたい場所である。隣には、小型の石碑があり「憩の楡」とある。資料を調べると(開拓記念館)富良野は道内でも最も、内陸部であり、交通路の整備が遅れ、入植されたのも遅かったとある。また1897年(明治30年)に八名が開拓に入り、樹木が少ないススキばかりの原野であり、その中に1本のニレの木🌲かあったのだ。一行はその場所で野宿を始めたとある。やがて入植者も入り、富良野原野の開拓の手がかりになる。これを記念して、ニレの木🌲は「憩の楡」と呼ばれるようになったとある。しかしこのニレの木🌲は、昭和30年頃に台風で倒れてしまい現在はないともある⤵️。
ノロッコ号から車窓を眺めていたらブラタモリでタモさんが訪れた所だとピンときました。
鉄道の開通により開拓が可能になった富良野美瑛。しかも河川の利水が可能なため稲作の可能性があるこちらに、まず最初の開拓団8人が入植しました。その記念碑となります。
| 名前 |
富良野平原開拓発祥之地 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
附近有平交道,導航轉彎時要注意有兩條路。身處平原享受寧靜,也緬懷過去前輩開墾荒原的感受。