新田義貞の館跡で、薬師様へ。
照明寺の特徴
反町館跡に位置する歴史あるお寺で御朱印を楽しめます。
受付の方の丁寧な対応が評判で、参拝者が絶えません。
春には美しい桜が咲き、訪れる楽しみが増します。
お掘りのあるお寺さま、藤のはなも綺麗でした、御朱印も頂きました。
1月下旬の平日でも何組もの参拝客。人気は高いようです。城趾でもあり歴史に触れながらの散策にも良いかも。授与所にて書き置きの御朱印を拝受。
「薬師様」として古くから親しまれてきた反町薬師は、高野山真言宗のお寺で瑠璃山照明寺と言います。また、新田義貞公の居住跡だったことから「反町館跡」とも呼ばれていて、今でも塀や土塁が残っており、境内はお堀で囲まれています。さらに当時は三重のお堀になっており、かなりの大きさがあったと言われています。1月4日は反町薬師の大縁日です。年に一度、本尊のご開帳が行われ多くの参拝者で賑わいます。境内、周辺の道路ともに多くの屋台等が出店して混雑する為、周辺の道路は交通規制がしかれますのでご注意下さい。御朱印頂けます。
怪我が早く治って欲しいので、お薬師様にお参りさせてもらいました。願いが一日でも早く叶いますようにお願い致します🙇令和二年十一月十四日 合掌🙏
門等風情があります。桜と藤棚が有るので、季節ごとに花がきれいでしょう。
春には桜が綺麗に咲きますいつも年明けに厄除けをしてもらいますが、受付の方が丁寧で安心できます。
厄除けで地元では有名です。
こちらのお寺は、新田義貞の館跡として知られています。美しい濠に囲まれ、藤の花の咲く季節には多くの人で賑わっていますが…このお濠には「照明寺の鳴かずの池」という伝説があるそうです。ちょうど新築された反町館で、義貞は連日のように協議を重ねていました。その頃、後醍醐天皇は北条幕府打倒の兵を挙げ、楠木正成は千早城に拠って奮戦していました。天皇は正成を援護せよとの綸旨を各地に送り、それは義貞のもとへも届いていました。彼は一族を館に集め、額を寄せて話し合いましたが、なかなか結論が出ません。何と言っても、一族の存亡が懸かっているからです。折から、館をめぐる濠からは蛙の鳴く声が、喧しいほどに聞こえてきます。思いあぐねていた義貞は、あまりに騒々しい声に思わず「いまは大事な思案中じゃ!蛙ども静かにせい!」と怒鳴りました。義貞の威風にうたれたように、館のまわりはシーンとなりました。それからは協議を妨げられることもなく、一族は幕府打倒でまとまり、鎌倉へ進撃することになりました。それ以来、照明寺の池では蛙が鳴くことはなくなったのだそうです(*^^*)
こちらのお寺は、新田義貞の館跡として知られています。美しい濠に囲まれ、藤の花の咲く季節には多くの人で賑わっていますが…このお濠には「照明寺の鳴かずの池」という伝説があるそうです。ちょうど新築された反町館で、義貞は連日のように協議を重ねていました。その頃、後醍醐天皇は北条幕府打倒の兵を挙げ、楠木正成は千早城に拠って奮戦していました。天皇は正成を援護せよとの綸旨を各地に送り、それは義貞のもとへも届いていました。彼は一族を館に集め、額を寄せて話し合いましたが、なかなか結論が出ません。何と言っても、一族の存亡が懸かっているからです。折から、館をめぐる濠からは蛙の鳴く声が、喧しいほどに聞こえてきます。思いあぐねていた義貞は、あまりに騒々しい声に思わず「いまは大事な思案中じゃ!蛙ども静かにせい!」と怒鳴りました。義貞の威風にうたれたように、館のまわりはシーンとなりました。それからは協議を妨げられることもなく、一族は幕府打倒でまとまり、鎌倉へ進撃することになりました。それ以来、照明寺の池では蛙が鳴くことはなくなったのだそうです(*^^*)
| 名前 |
照明寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0276-57-0211 |
| HP | |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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反町館跡にあるお寺です。