風情漂う落合神社の彫刻美。
落合神社の特徴
道路沿いに位置する神社で風情ある雰囲気が魅力です。
本殿の彫刻が見事で、訪れる価値があります。
貝塚があり、歴史的な魅力も感じられます。
落合神社(おちあいじんじゃ)御祭神 磐裂神 根裂神境内社 八坂神社由緒寛政年間末(1800)頃の「鹿沼聞書・下野神名帳」による記載都賀郡 星宮大明神 酒野谷 能泉寺(「鹿沼聞書・下野神名帳」参照)創立年代は不詳ですが、天正十八年(1590)小田原の北条氏が滅び、秀吉が天下統一を成し遂げようとした年に創建されたといわれています。往古は星宮大明神と称していました。天正二十年(1592)の干ばつの時、当神社の丑寅で諸神に祈願したところ、雨が降り五穀が稔ったことから、ご神徳を仰いで社殿を再建しました。文禄三年(1594)正一位星宮大明神の神階を受けました。村に残る文禄三年(1594)の検地帳には「下野国落合庄酒谷郷」の地名があり、この酒谷郷が酒野谷村となりました。酒野谷村は江戸時代に上下に分村し、上酒野谷村は旗本領に、下酒野谷村は天領となりました。このとき上酒野谷村は羽黒神社を、下酒野谷村は星宮大明神を鎮守としました。また、その中間に位置する杉本稲荷は酒野谷稲荷大明神と呼ばれ、上下両酒野谷村の住民を氏子とする酒野谷村惣鎮守となっています。その後、星宮大明神は維新の際に落合神社と改称し、大正九年(1920)に新築しています。落合神社の名称は、古い地名「落合庄酒谷郷」からきていると思われます。社殿左手に「県道上日向山越線・改修竣工記念碑」があり、その手前に元禄十三年(1700)庚辰七月天の手水石が置かれています。県内でも、300年以上前の手水石はあまり残されていません。拝殿の木鼻の獅子と水引虹梁の龍は保存状態も良く、また覆屋内の本殿は三間社流造の立派なもので、本殿木鼻の狛犬と象や本殿虹梁の龍の彫刻、その他に、牡丹、鳥などの精緻な彫刻を見ることができます。
風情が有ります。
道路沿いにある神社さま、彫刻もなかなかでした。
貝塚があります。
本殿彫刻は見事です。
| 名前 |
落合神社 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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❶【落合神社 参考 鹿沼市旧町村郷土誌集成 1986年】落合神社(明治44年の東大芦村誌による)もとは「星の宮」と言われていた。虚空蔵菩薩、三宝荒神を祀っていたという。明治初期の神仏分離令により、「落合神社」と改めてて、磐裂(いわさく)、根裂(ねさく)の2神および、経津主神(ふつぬしの神・香取神宮の神で武や刀の神)を合祀す、とある。明治の頃の祭り日 霜月(11月)13日 とある。