歴史と神秘の主石神社。
主石神社の特徴
鉾田市に位置し、創建不詳の歴史ある神社です。
延喜式神名帳に名を連ねる式内小社として有名です。
山西風の社殿が特徴で、独特の雰囲気を醸し出しています。
【当社】(ヌシイシジンジャ)は、村人が見付けた石が成長することから社を建てて御神体として祀ったのが始まりである。石は大きくなった際には床板を削って対応した旨の説明がなされている。延喜式式内社の小社であり、常陸国茨城郡に属する三座の一つである。参道の左手に小山があり、山頂に向かう上り坂二つに生き鳥居が張られて、石祠が置かれている。当社の原形は、この小山に対する崇拝ではないかと思われる。当社の謂れの成長する石は、小山から見付けられたのではないだろうか?。【所在地】は、茨城県鉾田市大和田1027(〒311-1536)である。当地は、水田地帯を望む小高い丘に位置し、霞ヶ浦の北浦に流れ込む「巴川」がこの先を右から左に流れている。利根川東遷事業により那珂川・涸沼・霞ヶ浦・利根川・江戸川という水運が開設されて、巴川を使用した航路があり、当地近くの上吉影(上流側)には河岸が造られたようである。主なルートは、涸沼から園部川に移し替えて霞ヶ浦西浦に浮かべるものと、巴川に移し替えて北浦に浮かべるものがあったが、河川や陸送を組み合わせた多様なルートがあったようである。【創建】は、未詳である。【御祭神】は、「大山祇神(オオヤマツミノカミ)」である。当神の父神が「大国主命」、子神が「木花咲耶姫神」であり、鉾田市子生(コナジ)には「厳島神社」が後者の神様を御祭神としている。【御神紋】は、「左三つ巴」である。【御神木】は、本殿後ろに立ち、注連縄が張られている「杉木」であると思われる。【御朱印】は、茨城町宮ヶ崎の「鹿島神社」(茨城県東茨城郡茨城町宮ヶ崎954-1)にて取得できる。【接道】は、当社が面する県道茨城鹿島(18号)線が想定される。【駐車場】は、専用の駐車場は未整備であると思われるが、参道の右側に大和田公民館があり、この前にスペースがあるので公民館未利用時にはここを借用するのも方便である。【トイレ】は、未確認である。ここに来るまでにコンビニ等で用を済ませるのがベストである。(訪問日令和5年4月5日(水))
鉾田にある、創建不詳ながら歴史ある延喜式内社です。小高い丘の上に祀ってある小さな神社です。祭神は大山祇神。社殿によると里人が拾った石が成長し続けるので神力がやどるとして、その上に社殿を作り祀ったんだとか。今でも社殿下にあり、まだ成長してるのかな✨。ここ主石神社を参詣して、これで常陸国にある延喜式内社二十八社を参詣できました。御利益あれ〜🙏。
延喜式神名帳に記載される式内小社。社伝によれば、第29代欽明天皇(在位:540年-571年)の御宇、創祀された。創建時に伝わっている話として村人が、成長する石を発見、その石は4-5尺あまりの大きさとなり、光を放ったという。そこへ老翁が出現し、「吾は大山祇神」と名乗って消失、村人は、この石を神と崇め、石の上に祠を建てて祀つり、現在ではこの御神石の上に社殿が建てられています、又石の成長は今も続いているといわれています。お社は小さいながら、何か大きな存在感がします。拝殿の脇の小さな山に登ると祠が所々にあります。
【山西風の社殿】東北茨城郡本石神社(原文)延喜式内社,常陸國 茨城郡 主石神社。
| 名前 |
主石神社 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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主石神社(ぬしいしじんじゃ)。茨城県鉾田市大和田字明神山。式内社(小)、旧村社。主祭神:大山祇命資料によると、社伝によれば、欽明天皇の御宇。村人が、一つの成長する石を発見し祀ったのが当社のはじめ。『略縁誌』によると、その石は四~五尺余りの大きさとなり、光をはなっていたという。そこへ、老翁が出現し、「吾は大山祇神」と名乗って消失した。村人は、この石を神と崇め、石上に祠を建てて祀ったという。貞観や嘉祥に、神階を授与されたという伝承もあるが、これに関しては、別の見解もある。三代実録には「鴨大神御子神主玉神」へ従五位上が授けられたと記され、これを、鴨大神御子神と主玉神に2神への授与とし、主玉神=主石神(当社)と見るか、鴨大神御子神主玉神を、岩瀬の鴨大神御子神主玉神社一社と見るかの違い。境内の案内板には、成長する神石の上に社殿を立てたとあり、その石は今でも成長し続けているとあった。とあります。