千葉市の垂れ桜、長胤寺の魅力。
長胤寺の特徴
夫婦梅や垂れ桜が美しい、長胤寺。
1259年に創建された日蓮宗の寺院です。
武石長胤の居館跡に位置する歴史的なお寺です。
【長胤寺歴史】抜粋源頼朝に仕え、千葉氏中興の祖と言われた千葉介常胤公は、七人の男子を儲け、そのうちの武石三郎胤盛が承安九年(1171)11月15日、現在の武石の地を伝領、武石城の始まりである。四世孫武石小二郎入道長胤公が、正元元年(1259)12 月10日長作の地を領し、弘長年中(1261〜63)自らの館を寺とした。これが長胤寺である。千葉市花見川区長作町にあるお寺が日蓮宗の本勝山「長胤寺(ちょういんじ)」で、1261年頃に創建された千葉氏ゆかりの寺院である。御本尊ならびに日蓮聖人座像は、亨保8年(1723年)10月8日、東金西福寺(最福寺)第17世日眼上人によって開眼されたそうである。本堂左手には、薬師如来と当山開基武石小二郎長胤公、総檀信徒中先祖代々、四聖六道法界萬霊、当山歴代上人のお位牌が祀られています。この薬師如来は地元の人から、眼病に効くと言われ信仰されているそうです。本堂右手には、北辰妙見大菩薩、大黒尊天、鬼子母神、旧暦一日より三十日まで守護する三十番神が左右に祀られており、墓地奥にある「永代供養墓」は、歴代住職の隣に位置し、歴代住職が見守る中、厳粛に住職により法要が営われます。なお、江戸時代中期に描かれた立派な「釈迦涅槃図」と「日蓮聖人涅槃図」があるそうです。住所は長作町229、京成本線【実籾駅】から徒歩約15〜19分位に位置し葬儀式場も併設しているとのことで、日蓮宗の立派なお寺です。2026/4/28
R6.11.26 参拝 朝早かったのですが御住職様が快く御首題を受けて下さりました。御首題拝受。
シダレサクラがたくさんです。咲いてる木もあります。来週辺りは綺麗そうです。鎌倉時代からのお寺だそうです。
夫婦梅が有名この日はまだ咲いてませんでした。
垂れ桜が咲くお寺です。当然ですが、観光地ではありませんのでお参りしている人に迷惑が無いように注意して下さい。静かに散策して下さい。
山号を本勝山と号する日蓮宗の寺院で、千葉六党の一人、武石三郎胤盛(たねもり)から数えて4代目の孫となる長胤(ながたね)は、鎌倉時代の正元元(1259)年に長作の地を領し、ここに長胤寺館を建てました。弘長2(1262)年にこの館を真言宗・長胤寺と称する自分の菩提寺とし、室町時代には城郭(長胤寺城)としても機能しました。その後、文禄14(1701)年に日蓮宗に改宗、本勝山長胤寺と改称し、境内には1650~70年頃、中台武左衛門が寄進した『夫婦梅』があります。西側に駐車場ありますが周辺道路非常に狭いです。
日蓮宗のお寺。
1259年に長作の地を領した千葉市の一族武石長胤の居館跡。1262年に自らの館を長胤寺として創建した。舌状台地の突端にあり、境内には土塁跡や枡形道の地形が館跡(城郭)の名残となっている。1545年に戦国時代初期の上総国土気城主酒井定隆が行った領内に法華宗への改宗令(上総七里法華)により、真言宗から日蓮宗に改宗。
日蓮宗のお寺。
| 名前 |
長胤寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
043-259-4550 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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長胤寺 (ちょういんじ) と読みます。住宅街の中で緑の多い高台に在るため、自然と風を感じる境内でした。旧本堂には、狐の彫刻がありました。