竹林囲まれた高畠陵の静けさ。
伝高畠陵古墳(桓武天皇皇后陵)の特徴
桓武天皇皇后の御陵がある静寂に包まれた史跡です。
竹林に囲まれた円丘の古墳で風景も楽しめます。
長岡京を築いた桓武天皇の歴史が息づくスポットです。
京都向日町市にある伝高畠稜古墳。
宮内庁管理の御陵です。
静かにねむる桓武天皇さんの奥さんのお墓です。每日の散歩コースで 沢山の人が散歩しています。ねむられておられる皇后さんもビックリか?来週は竹灯りが始まります。賑やかで 皇后さんも喜んでおられるかな。
平安京を遷都した桓武天皇の皇后のお墓です。桓武天皇の御陵ではありません!桓武天皇陵は、ここより東の方向、京阪丹波橋駅から東へ10分ほど歩いた桃山丘陵の一角にあります。近くには府立桃山高校も。
部活の声が響くエリア。鳥のさえずりが気持ちいい。両サイドの松の木が美しい。隣の竹林は筍栽培をしているそうです。
天皇陵って 京都らしいです‼️
被葬者:桓武天皇皇后 天之高藤廣宗照姫之尊(藤原乙牟漏)宮内庁により、第50代・桓武天皇皇后である藤原乙牟漏の高畠陵に治定されています。天之高藤廣宗照姫之尊の名は諡号です。天応元年(781)4月15日に山部親王が桓武天皇に即位すると、延暦2年(783)2月7日には夫人となり、4月に皇后に立てられました。延暦9年(790)閏3月10日に31歳で崩御し、高畠陵に葬られたと伝えられています。拝:2020/11/07
長岡京を築いたとされる。恒武天皇のお墓で、宮内庁陵になります。道路を西に進むと、竹の径の竹林の中に寺戸大塚古墳があります。
全て天皇陵(112基)、白鳥陵(3基)、神代3陵のご拝陵が叶ったので、今度はまだ行けてない皇后の陵も巡る事に。桓武天皇の皇后で藤原乙牟漏(ふじわらのおとむと)平城天皇と嵯峨天皇の母親。なんでも、続日本紀に美しいく温和な方で、礼儀正しく良い母だったと記されているらしい。
| 名前 |
伝高畠陵古墳(桓武天皇皇后陵) |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.muko.kyoto.jp/rekimachi/meisho/1522138507463.html |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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向日市西部、竹林が広がる丘陵地の手前に残る円墳。高畠陵と呼ばれ、桓武天皇の后であった藤原乙牟漏の陵墓とされています。そのため古墳は宮内庁によって管理され、手前に拝所が設けられています。ただし向日市の資料によれば、この古墳は4世紀頃の築造とされており、桓武天皇の時代とは400年ほどのずれがあります。そもそも桓武天皇の時代には、古墳の築造自体とっくに終焉を迎えていたのですね。このあたりにはほかにも寺戸大塚古墳など大型の古墳が多数造営されており、古墳時代前期にこの地を治めていた有力首長の墳墓、と言うのが実際のところのようです。樹木に覆われた墳丘は全体の形状もよくわかりませんが、遠い時代に思いを馳せるよすがにはなるかもしれません。