織田信長公の供養塔、迫力満点!
聖隣寺の特徴
織田信長公の供養塔があり、歴史を感じる場所です。
大きな顔石が印象的で迫力がある印象です。
街なかに位置し、訪れやすい立地にあります。
街なかにあります。
京都府亀岡市東竪町44にある臨済宗天龍寺派の寺院です。聖隣寺境内の墓地には、織田信長の供養塔があります。明智光秀が大山崎の合戦で敗れた後、亀岡は豊臣秀吉の支配地となり、亀山城には豊臣氏の重臣が城主或いは城代として配置されます。その中の一人に、秀吉の養子となり羽柴秀勝として亀山城主に配置された織田信長の四男於次丸(おつぎまる)がおり、供養塔はその秀勝が父信長の菩提を弔うために建立したものです。<山門>袖塀には、狭間が設けられており、これは有事のときには聖隣寺が防御線となるのを想定して造られたものといわれています。
四男秀勝が建てたという織田信長公の供養塔があります。明智光秀が開いた城下町に信長公の供養塔。歴史の不思議な縁を感じます。
門前の大きい顔石がよくわからんが迫力。
| 名前 |
聖隣寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0771-22-2546 |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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織田家と明智家の歴史が交わる、織田信長公の供養塔が遺る臨済宗の寺院です。【行き方・アクセス】京都駅からJR山陰本線(嵯峨野線)で約30分。亀岡駅から徒歩で20分ほどの場所にあります。時間が合えば、「JR亀岡駅南口」バスターミナルから聖隣寺方面に向かう路線バスも運行されているそうです。【拝観について】普段は基本的に完全非公開の寺院ですが、毎年開催される「信長公忌・毘沙門天大祭」の日に限り、境内を見学・参拝することができます。通常は非公開ではあるものの、ご住職や他のお坊様方はとても優しい方々で、過去には信長公の供養塔をひと目見たいとはるばる訪ねてきた参拝者を、ご厚意で温かく迎え入れてくださったことがあるとお話を伺いました。(※ただし、いきなりの訪問は当然ながらお寺のご迷惑になりますので、普段の拝観を希望される場合は事前に必ずお電話等で相談した方が良いです)。【信長公忌・毘沙門天大祭】毎年6月の第1日曜日の10時から「信長公忌・毘沙門天大祭」が執り行われます。当日は織田信長公の追善供養(お焼香)が執り行われるほか、かつて明智光秀公が亀山城の二の丸に城内鎮護として祀っていたとされる、市指定文化財の貴重な「木造毘沙門天立像」が特別にご開帳されます。法要や大般若転読、毘沙門天の御開帳は境内にある毘沙門天堂で行われます。【階段・歩きやすさ】境内は全体的に平坦で歩きやすいですが、境内の墓所にある信長公の供養塔(五輪塔)へ向かう手前に、若干急な土の坂道があります。【駐車場】境内に参拝者用の無料駐車場があります。【御朱印・授与品】ご住職にお願いすれば、直書きの御朱印を授与していただけます。【歴史】明智光秀公が山崎の戦いに敗れると、亀岡の亀山城は羽柴(豊臣)秀吉公の支配下となりました。1583年、秀吉公の養子であった信長公の四男・羽柴秀勝公が亀山城主として入ります。秀勝公は光秀公の旧領であったこの地で、実父・信長公を弔うための五輪石塔を建立しました。【感想】2024年の「信長公忌・毘沙門天大祭」に参列させていただきました。臨済宗の本格的な法要に参列するのはこれが初めてでしたが、参列者全員でお経を唱えたり、お坊さんによる大般若転読を間近で拝聴したりと、充実した行事でした。法要の最後には、参列者全員で境内にある信長公供養塔へ移動し、手を合わせました。かつて本能寺の変を起こした明智光秀公の拠点であったこの亀岡の地で、今も信長公が大切に弔われ続けているというのは、どこか歴史の不思議な因縁を感じさせられます。信長公・光秀公が好きな方にはぜひ訪れてほしい名スポットです。