源頼朝公墓下の元祖白旗神社。
白旗神社の特徴
源頼朝公のお墓の手前にひっそりと位置しています。
法華堂跡としての歴史を感じる小さな神社です。
鶴岡八幡宮が兼務する神職不在の神社となっています。
源頼朝公墓入口左手にある神社。神仏分離令により法華堂が取り払われ、1872年(明治5年)、白旗神社として創建されました。雪ノ下の松源寺(廃寺)にあった源頼朝の古牌が奉納されています。(参考:窟堂)。当初は小さな祠でしたが、1970年(昭和45年)現在の社殿が造営されて今に至ります。ご祭神は源頼朝公。法華堂に安置されていた仏像は、現在来迎寺に安置されています。訪れる人が少なく、寂しい感じがしますが、お隣の公園は子供たちが溢れ、その賑やかな声に癒されているのではと思いました。
「法華堂跡(ほっけどうあと)」は、鎌倉幕府を開いた源頼朝と、二代執権として武家政権を確立させた北条義時の供養堂(法華堂)があった場所で、国の史跡に指定されています。もともとは源頼朝が自身の持仏を祀るために建てた持仏堂でしたが、建久10年(1199年)に頼朝が亡くなった後、ここに葬られて法華堂(墳墓堂)と呼ばれるようになりました。その後、明治時代の神仏分離の際に法華堂が廃され、源頼朝を祭神とする「白旗神社(しらはたじんじゃ)」が建てられました。
すぐ近くにある鶴岡八幡宮の境内社と同じ名前なので知らないとややこしい。氏子さんが朝から清掃されていたので無人の神社ですが綺麗です。法華堂跡地にあり、脇の道から階段を登ると頼朝の墓所に辿り着けます。
白旗神社(鎌倉市西御門)。(202211)※国指定史跡。源頼朝が幕府を構えた大倉(大蔵)と呼ばれる地域。主祭神 源頼朝創建 1872年(明治5年)例祭 1月13日🅿️駐車場は近くの観光駐車場。🚃最寄り鎌倉駅。🚻トイレなし。※客観的に普通のものが『最高』の評価になりませんので悪しからず。
鎌倉市西御門の法華堂(源頼朝墓)の前にある神社。元々ここには石橋山の戦いで大敗を喫した際に源頼朝が髷の中に入れていた小さな持仏を祀る持仏堂がありました。大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にも登場していたあの小さな仏様です。現在は鶴岡八幡宮の宝物殿に展示されています。源頼朝が亡くなった後は持仏堂に祀られ頼朝の墓所である法華堂として歴代将軍が仏事を執り行いました。当初の法華堂は現在石塔の源頼朝のお墓がある場所にあり何度か建て直され明治の頃までには現在神社がある場所にありました。明治になり廃仏毀釈よって法華堂は取り壊され新たに源頼朝公を御祭神とする白旗神社が建てられました。現在は源頼朝のお墓の前に護るように静かに佇んでいます。社殿の右側には手水と忠魂碑があります。御朱印はお正月のみ頂けるそうです。
2024年3月29日に参拝しました。源頼朝公のお墓に上がる石段のふもとにあります。源氏の印である白旗を社名とし、源頼朝公を御祭神として祀っています。
源頼朝公の墓所に登る石階段の手前に鎮座されているお社。もとはここに「持仏堂」があり、石橋山の合戦にあたって髪の中に納めて戦ったという「小さな観音像」が安置されて、頼朝公が篤く信仰していたそうです。※この「小さな観音像」は鶴岡八幡宮の宝物殿(入殿料200円)で観ることができます✨
鶴岡八幡宮三の鳥居から東に進むと、道沿いに頼朝の墓の方向を示す標識。住宅地を山手に進みます。
ここは元々頼朝が肌身は出さずもっていた小さな小さな観音像が安置されてた持仏堂だったそうな現在は源頼朝と実朝が祀られる白旗神社となっております全く同名の神社がすぐ近くにありまする紛らわしい。
| 名前 |
白旗神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
045-761-6387 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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各地に白旗神社はあれど、頼朝墓の下にある白旗神社こそが「元祖・白旗神社」とも言える場所です。頼朝が生前、自分の信仰する仏像を祀った「持仏堂」がこの場所にありました。頼朝が亡くなった後、そこがそのまま頼朝の墓所(法華堂)となり、大蔵幕府の時代から神聖な場所として守られてきました。