日露戦争慰霊の堂々たる石碑。
表忠碑の特徴
日露戦争の戦没者を讃える、大山巌揮毫の石碑です。
両国橋の袂にあり、一際存在感を放つ大きな石碑です。
隅田川沿いに位置し、夜でも明るく照らされています。
両国橋の表忠碑は、日露戦争の戦病没者を悼むために設置された記念碑です。この碑は、戦争で命を落とした兵士たちの勇気と犠牲を称えるために建てられました。碑文には、彼らの功績とその意義が刻まれています。この記念碑は、両国橋児童遊園内にあり、訪れる人々に歴史の一端を感じさせる場所となっています。もし訪れる機会があれば、ぜひ立ち寄ってみてください。
日露戦争の戦没者の方々を慰霊する石碑のようですね。揮毫は大山巌元帥。トイレもあり、便利。
日露戦争の戦死者をお祀りする慰霊碑です。
隅田川沿い散歩中にトイレを探してて見つけました!石碑でっかいです!
碑に関しての説明は見当たらなかった気がします。
おおきい石碑でした。そっから背景知りました。
近くで見ると非常に大きい石碑です。日露戦争(明治三十七八年戦役)の戦病死者をお奉りされている『表忠碑』とのこと。この表忠碑がある「忠魂碑公園」には桜が3本ほど植えられています。この『表忠碑』は芥川龍之介の生家に近く、龍之介もこの碑に関しての感想を書き残しているそうです。
説明が見当たらず、何の石碑かわからなかった。
大山巌揮毫、1907年(明治40年)設置の、日露戦争戦没者を悼んで建てられた石碑。1900年代前半は特に日清戦争・日露戦争で大将を務めた人物などが揮毫した石碑が全国的に数多く建てられ、この石碑もその時期に建てられたものの一つのようです(大山元帥が揮毫した石碑は、青梅市にもあり、当時は地元有志や自治体から揮毫を依頼されたりしていたそうです)。その後犠牲者を悼む史跡も、単なる石碑を建てていた時代から、第二次世界大戦前には遺品などを格納できる建造物の建立がさかんになり、戦後はGHQから小学校など公共の場からの石碑撤去が要求されるなど、石碑ひとつをとってみても歴史を感じます。両国三丁目に幼少期より住んでいた芥川龍之介の、1927年東京日日新聞(毎日新聞の前身)に寄稿の「両国」にもこの表忠碑の言及があり、この石碑の場所に「両国劇場」が完成するはずだったとする内容の記載があります。芥川龍之介はこどもの頃、隅田川によく泳ぎにいっていたそうですので、この表忠碑もごく身近な風景の一部だったのかも知れません。
| 名前 |
表忠碑 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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日露戦争で戦病死した将兵の魂を慰撫する石碑です大山巌元帥が揮毫されためっちゃ立派な石碑やなー。