百万遍の数珠玉と霊木の堂。
摩尼山大谷観音堂の特徴
道沿いに立派な霊木があり、訪れる価値があります。
大きな百万遍の数珠玉が魅力的で、目を引きます。
4月8日の花祭りが期待でき、春の訪れを感じる場所です。
20数年振りに訪問しました。庵主の小林義功様にお会いでき有り難く嬉しくなりました。此の庵主の小林様は真人・覚醒された方です。人間界に降りて人々を導いてくれる方だと信じます。
日吉の金蔵寺にもありましたが、百万遍(ひゃくまんべん)の大きい数珠玉があります。閻魔様もいて、樹齢400年のカヤの樹もあります。駐車場もあります。近くに住んでいましたが知らなかったです。
大きくはないですが雰囲気は良いです。
道沿いにある立派な霊木のあるお堂です。
観光とおまいりはここで。
色々な興味深い「ありがたい物」がありました!
時期になると、イチョウが本当に綺麗です。
道路沿いにあります。
花祭りは4月8日です。
| 名前 |
摩尼山大谷観音堂 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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この観音堂の由緒書きに、治承4(1180)年1月19日に、吉岡太郎光重の妻麻子が霊夢に感じてこの地に観世音を祀り、その信仰によって授かった知勇兼備の武将となった6人の男子のうち、四男の重茂は大谷四郎と名乗り、現在の大谷中学校の所在地に館を構え、攻守の備えを万全に施し、自ら大谷城と称したとあります。『日本城郭大系』は、薩摩鶴田氏の祖として知られる渋谷庄司重国の四男重茂は、薩摩に下る前は高座郡大谷郷に居を構え、大谷四郎を名乗っていたことが「渋谷系図」にあると紹介しています。重茂が、重国の子か、重国の子の光重の子かの違いはありますが、どうやら同じことを述べているようです。このことから、観音堂の裏の台地を上ったところにある大谷中学校のあたりが、大谷四郎の居館跡、大谷城だということがわかります。このあたりは、西側に相模川の低地が広がり、台地上にあった館からは、水田の広がる領地を見渡せたのではないかと考えられます。観音堂は、今も大谷氏の歴史を伝えています。