文京区春日、文学の坂を歩こう。
金剛寺坂の特徴
夏目漱石の小説に登場する歴史深い坂です。
永井荷風の生家の近くに位置しています。
橋から丸ノ内線のトンネル入口が見えます。
文京区春日の金剛寺坂は、ただの生活道路ではなくて、歩くと、地形と旧町名と文学史が一気につながる坂です。場所は春日2丁目4と5の間。小石川台地から、かつて神田上水が流れていた水道通り(巻石通り)へ下る坂の一つで、江戸時代、この坂の西側、いまの金富小学校寄りにあった禅寺・金剛寺にちなんで名づけられたとされる。金剛寺自体は、相州波多野、いまの神奈川県秦野市に建長2年(1250)創建と伝わり、のちに小日向郷金杉へ移り、文明年間には太田道灌が再興したという来歴まで持つ。坂名ひとつで、中世寺院史と江戸の町割りが出てくるのだから面白い。さらにこの周辺は旧金富町で、「金剛寺」の「金」と富坂の「富」を合わせた町名が、いまも金富小学校の名に残る。しかも坂の東寄り、現・春日2-20-25あたりでは永井荷風が明治12年に生まれ、少年時代にこの坂を通って黒田小学校へ通ったという。荷風の東京は、こういう坂の記憶でできている。春日を歩いていて、寺町の気配と文学の影が同時に立ち上がる、かなり文京区らしい坂だった。日々の道としてきれいに保たれているのもありがたい。歩かせてもらう側として、こういう“読む坂”が残っていることに素直に感謝したい。
夏目漱石の「それから」小説に出てくる坂である。主人公、長井代助の道ならぬ恋の相手、(今なら不倫相手)である、友人の妻、平岡三千代に会いに行く時通る坂。最初は安藤坂を使っていたが、三千代との仲が深まると、その脇の金剛寺坂かつては蝙蝠坂と言われた坂をお互い使うようになっていった。「金剛寺坂でも誰とも会わなかった。岩崎家の高い石垣が左右から細い坂道を塞いでいた。」と文章にもなっている。安藤坂だと知ってる人にみられちゃうから当然といえば当然。この小説は坂道がいくつか出て来るが、二人の想いや関係によって坂が変わったりする。地図でみてもお互いが住んでいる台地の間に神田川があり、降りて昇って行く。明治時代だから今よりスキャンダル。障害を抱えて会いに行く坂道を行く心臓の動悸とドキドキが恋の情熱を表している。新ためて漱石の描写が計算されてる。新宿区に生まれたからこの近辺はより詳しいのだろう。漱石のそれからの聖地巡礼の坂。ぜひ漱石好きな方行ってください。
永井荷風が生まれ育った家の側にある坂。荷風は、この坂を年をとってから訪れ懐かしんだそうです。
橋の上から丸ノ内線のトンネルの入り口が見えますよ。
なかなかの急坂。254からだとこれでもかこれでもかというくらいの下り。ブラタモリストにはたまらない地形。
ここは "東京都、文京区、春日" に有る "金剛坂" という場所である。このすぐ近くには "永井荷風" の育成の地 等も有り、ちょっとした史跡が残るような所だ。普段は近隣住民の生活道路として活用されているが、人通りは比較的に少なく少々閑散としたような雰囲気もある。また、ここから少し歩いた所には著名な "伝通院" や "牛天神" "北野神社" 等も有り、特に見て廻るような物が有る訳でもないので、観光のついでと言っては申し訳ないが、寄り道しながら少しばかりの歴史に触れてみるのも風情があるのではなかろうか。
| 名前 |
金剛寺坂 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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金剛寺坂(こんごうじざか)この坂の西側に金剛寺があったことに由来する。神田上水から小石川台地まであがる坂道。金剛寺坂の途中に、行き交う地下鉄丸ノ内線の車輛を見下ろせる橋がある。しばし地上を走る地下鉄を見下ろす嬉しさに浸れる。すぐ近くには小説家の永井荷風生育地なる説明板が設置されている所がある。