法恩寺の特徴
江戸時代には大名しか檀家になれなかった格式ある法華宗の寺院です。
樹木に囲まれた涼しげな環境で、ベンチでゆっくりお参りできます。
大手新興に負けない落ち着いた雰囲気が魅力の寺院です。
顕本法華宗系の単立格式があったとか言ってるけれど、それだけの格式ならばさぞ大層な寺宝があるはずですが?無いわけないのです無いとすれば寺宝はどうしたの?
凄い 由緒有るお寺らしい。
日中熱い最中でもでも良い具合に樹木が有り涼しくまたベンチも置かれておりゆっくりとお参りできました。
法華宗単一寺院元は徳川幕府直営の御朱印寺、江戸時代は大名以上しか檀家になれなかった格式。今は基本的にお墓を維持していける(年間1万円の管理費など)なら基本的にはどなたでも檀家になれます。あまり知っている人が少ないので空き区画もあり古くから出入りの石屋や葬儀社も決められており安心して任せられますし、青山墓地などより永代使用料も安いです。弔い上げ(50回忌供養)の際には遺骨を骨壺から出して墓石の下の土に返します。住職常駐なので青山墓地などより管理が行き届いており日没で閉門するため夜間に不審者が入山することもありません。駐車場は2~3台しか停められませんが近くにコインパーキングが多数あります。
大変にお世話になりました。
母方の墓 があり お世話になっております。
ちょっと気楽に入れなさそうな雰囲気。
近くの大手新興に負けないで。
日蓮宗の寺院です。萩寺と呼ばれていました。
| 名前 |
法恩寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
03-3353-2574 |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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正妙山 法恩寺(ほうおんじ)は、東京メトロ・四谷三丁目駅の南600mほどの東京都新宿区須賀町の住宅密集地に伽藍を構える顕本法華宗系の単立です。寛永元年(1624年)常行院日禎(にっしん)によって開山されました。元々は現在の千代田区麹町に位置していましたが、明暦年間(1655~1658年)に現在地に移転しました。当寺は「御朱印寺」の格式を持つ格式高い寺院でした。墓地には、領民たちを法華宗に改宗させた上総酒井家、幕府の医師だった高島家、狂歌師の二代目絵馬屋額祐、長者園萩雄、書家の西尾東谷の墓があります。顕本法華宗(けんぽんほっけしゅう)は、日蓮(にちれん)を宗祖とし、日什(にちじゅう:1314〜1392年)を開祖とする宗派で天台宗の比叡山延暦寺において三千の学頭と称された玄妙(日什)が、故郷の会津にて『開目抄』・『如説修行抄』の両書に触れたことをきっかけに、日蓮教学を学ぶことを志し、真間弘法寺や中山法華経寺において教学を学びました。しかし、当時の門流分裂の状況を嘆き、独自に朝廷や幕府への奏聞活動の開始しました。その後、妙満寺を総本山とし、「経巻相承・直受法水」(『法華経』と日蓮の書物から直接教えを相承するの意)を主張し、どの門流にも属さない独立した宗派を設立しました。明治維新後、教団の近代化が図られた際には日蓮宗妙満寺派と自称し、その後、後の管長となる本多日生・宗務総監によって現在の顕本法華宗の名に改められました。昭和16年(1941年)三派合同によって本門宗とともに日蓮宗へ発展的に解消しました。戦後、妙満寺の伝統を守るために独立を主張する派と、日蓮宗に残留して内部改革をすべきと主張する派に分かれ、前者は当時の管長・中川日史らが独立し現在の顕本法華宗となり、後者は日蓮宗に残り日蓮宗什師会となりました。