徳冨蘆花の足跡を訪ねて。
徳富蘆花旧宅跡の特徴
明治・大正に活躍した文豪、徳冨蘆花の住居跡です。
不如帰の名作で知られる作品の背景があります。
店舗の植え込みにそっと建つ碑柱が印象的です。
ビルの植え込みにそっと建っている碑?碑柱ですが、墨の感じが良く、徳富蘆花のイメージにあっています。お洒落なお店が並ぶ表参道の裏道で、ちょっとヤラれた〜感じです。センスが素敵です。
「不如帰」の名作で知られる明治・大正に活躍した文豪 徳冨蘆花が一時住んでいた場所です。晩年を過ごした世田谷 蘆花恒春園(芦花公園)の住宅跡の方が有名です。
木の柱に説明書きがあります。
店舗の植え込みに、碑柱が建っていました⊂(・ε・`)ノシ.:∴
立て札のみです。
1900年10月逗子からここに転入した。1905年12月再び逗子へ転出した。
立て札のみ、気づけない。
徳富蘆花が『思い出の記』を書いた住居跡🏠今は小さな細長い立札しかないのがちょっと物悲しい😢
| 名前 |
徳富蘆花旧宅跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.shibuya.tokyo.jp/bunka/spot/meisho/bunkajin.html |
| 評価 |
2.8 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
梅雨の合間、蝉の声も未だ遠き初夏の午後に、私は世田谷の一隅、旧き邸の跡を訪ねし。これ即ち、徳富蘆花旧宅跡とて、東京都史跡に定められし場所なり。今は「蘆花恒春園」と名を得、往時の風情は園の木立の間に微かに残れり。思へば、兄・蘇峰と袂を分かちし後、蘆花は此処に退き、自然と共に在らんことを願ひて筆を執れり。朝は庭の露を踏み、昼は木陰に書を読み、夕は妻と茶を啜りて、一日を惜しまず生きし日々。名利を離れ、草庵に住まひてこそ、真の自由と人の道は見え来たるものなり。今、その住居は朽ちて失せ、ただ広き園と石碑のみが過ぎし光景を伝ふ。然れど、木洩れ日のあたる小径を歩めば、ふと、昔の我が歩幅と心とがこの地に重なる思ひす。世の栄華は移ろへど、自然と真心に根ざした暮らしこそ、朽ちず、人の胸に残るものなり。斯くしてこの園を訪ふ人々にも、願はくは、一木一草の声に耳を傾け、静けさのうちに何かしら心の糧を見出していただきたきものなり。