道玄坂に佇む、赤い唇のお地蔵さま。
道玄坂地蔵尊の特徴
道玄坂の夕暮れに佇む赤い唇のお地蔵さんです。
割烹料理屋の一角にある静寂なスポットです。
宝永3年から続く歴史を持つ円山町のお地蔵様です。
夕暮れの道玄坂、人々の足音が響く中、地蔵尊の前に立つ。近くの店から、一日の疲れを背負った店主が参拝に来る。彼らは手を合わせ、静かに願いを込める。商売繁盛、家族の健康。小さな灯りが、彼らの希望と共に揺れる。この瞬間、地蔵尊はただの石像ではなく、地域の絆を結ぶ存在に。私も手を合わせる。願いは単純だ。明日への小さな希望。地蔵尊の優しい眼差しが、私たちを見守ってくれている。
道玄坂にお地蔵さんがあることは、知りませんでした。ラブホ街の近くにあるとは、思いもしませんでした。
雰囲気の良い割烹料理屋さんの一角に佇むお地蔵さまです。周辺がホテルに囲まれていますがここだけは別格の雰囲気。
くちびるが赤いお地蔵さんです。
道玄坂地蔵は宝永3(1706)年、道玄坂上(現在の道玄坂上交番の辺り)に建立され、戦後現在の場所に移転されましたこの地蔵が有名になったのは「東電OL殺人事件」で被害者の女性がこのお地蔵さんの前で客引きをしていたからですこの地蔵が赤い紅を引いているのは彼女を供養してのことだとも言われています。
このお地蔵さんの唇には赤くルージュが塗られています。場所が東電OL殺人事件の現場に近く,このお地蔵さんが犠牲者を見ていたのではないかとのことで慰霊する意味があるらしいですが真偽は不明です。
道玄坂という住所は1丁目2丁目とあり、名は道玄坂地蔵とありますが、このおじぞうさま、住所は円山町にあります。お隣の神泉、神の泉(かみのいずみ)沸くということで昔は温泉地であったそうで、円山町には当時の花街の名残で料亭などが残っています。その一角に道玄坂地蔵はあり。毎日地域の方がとってもきれいにお掃除してお花を供えています。もとは豊沢地蔵というお名前だったそうで、火災をふせいでくれる『火伏せ地蔵』さまです。神泉の地域は江戸時代中豊沢村という名前だったそうでお地蔵さまもこのころから地域を見守っていらっしゃるのかもしれません。渋谷にお立ち寄りの際はぜひ道玄坂の坂の上までいらしてみてください。
名前 |
道玄坂地蔵尊 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.3 |
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もう昔の事ですが少しの間近くに棲んでおった。仕事の行き帰り、時間が出来た時お参りさせていただいておった。時間差はあるが、ある女性もよく参拝されていたのを知った。彼女は不幸な事故で亡くなった。出来ることならワシの気力体力のある内に再度訪れ彼女の冥福を地蔵様に祈りたいものじゃ。