泉岳寺の大石内蔵助像、迫力満点!
大石内蔵助良雄銅像の特徴
泉岳寺四七士に敬意を表した、立派な銅像があります。
大石内蔵助が元禄羽織を身に纏い、連判状を手にしています。
桃中軒雲右衛門の発願による、迫力ある銅像がそびえています。
京急 泉岳寺駅から徒歩3,4分、泉岳寺の山門の脇にある大石内蔵助の銅像です。あまり詳細は記載がありませんでしたが、明治から大正にかけて制作されたようです。その後、大正時代に所有者が転々としたのちに、泉岳寺に寄贈されたそうです。
泉岳寺の入口に造られた立派な銅像です。所有者が転々としていたようですが、泉岳寺に寄進され大正10年12月14日に除幕されたそうです。この大石内蔵助の銅像は連判状を手に江戸の方向を向いて睨んでいるそうです。
東京に来たら まずは泉岳寺四七士を線香をもらい拝んできましたが写真撮影は入り口のみ此処も 熱くなりました。★★★ When you come to Tokyo, the first thing to do is to go to Sengakuji Temple.I have worshipped the 47 Ronin with incense.I was very hot here, too.
■大石内蔵助良雄之像東京都港区高輪にある銅像。泉岳寺にある大石内蔵助のブロンズ立位像。大正10年12月 (1921) 泉岳寺にて再建立除幕●大正時代に武士道鼓舞を掲げ、豪壮な語り口の『義士伝』で人気を博した浪曲師、桃中軒雲右衛門の発案で制作、建立地を転々とした後に、実業家・政治家の河合徳三郎が泉岳寺に寄進、大正10年12月に当地で除幕と云う。銘板入りの高い台座の上に立つ、太い眉の内蔵助像は、元禄羽織を着て、手には連判状を開き持つ姿で描かれてある。泉岳寺山門の門前の右手(北)側にある、方角が皇居を背に南向きに配されている。
色んな場所を転々としましたが、今の場所に落ち着きました。「江戸を睨んでいる」と銘板には書かれていますが、見ているの方向は全く逆で羽田空港の方向を見ています。
泉岳寺山門脇にある大石内蔵助良雄の銅像です。主君の浅野内匠頭の銅像はないのに大石内蔵助はあるんです。
泉岳寺の中門をくぐり山門の手前に堂々と立っている。忠臣蔵の主役と言えばやはり大石内蔵助だ。この内蔵助は東の方角(江戸)を見つめている姿だという。
内蔵助が元禄羽織を身につけ、連判状を手に東の空(江戸)を睨んでいる姿を表したもの、とされていますが実は南南西を向いています(笑)浪曲の宗家・桃中軒雲右衛門の発願により鋳造。以後、所有が転々としていたらしい。後に泉岳寺に寄進され、大正10年12月14日に除幕されたと云われています。
大石内蔵助像迫力が有ります✨
| 名前 |
大石内蔵助良雄銅像 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[日月火水木金土] 7:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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こちらは2025年11月26日の訪問となります。ご存じ、忠臣蔵の主役と言える大石内蔵助の像です。手には討ち入りの連判状を持っています。浪曲の宗家(≒王道)・桃中軒雲右衛門の発願で鋳造されたとか。こちらの銅像、所有を転々とした後、最終的に泉岳寺に寄進(1921年)されたそうですね。当時の流行だった元禄羽織という上着を着ています。このお寺には浅野長矩と、翌年に彼の仇を討った47人の赤穂義士の墓があります(文化財指定されている)。この日は9時前に訪れたのでそちらの墓地にはまだ入れませんでした。