1300年の歴史、静寂の神社。
御田八幡神社の特徴
田町と高輪ゲートウェイ間に位置し、1300年以上の歴史を持つ神社です。
都会のど真ん中でありながら、落ち着いたおごそかな雰囲気が漂っています。
男坂と女坂があり、参道には涼しげな小さな滝も流れている神社です。
公式サイトに、「和銅2年(709)に神様をお祀りしてより、1300年を超える神社」とあるように、三田にある大変立派な神社。境内は広く、本殿のほか、お稲荷さんと小さな社がもう二つ。三田、高輪、芝浦、港南の氏神様として地域に根ざした神様で、飾られた絵馬や奉納品などから地元の有名企業の参拝もうかがえる。初宮・七五三・厄除け・新車清祓い等、様々なお祓いに対応しご利益を授けてくれる。釜の鳴る音で吉凶や、祈願成就を占う「釜鳴神事」が行われることでも知られているそう。神事は、1月と5月の15日。日程が合えば、ぜひ訪ねたい。
御田八幡神社にお伺いさせていただきました。都営地下鉄浅草線の泉岳寺駅から徒歩10分弱ぐらいです。創建は709年と相当な歴史を誇ります。道路沿いに鳥居がありますが、中に入り階段を上ると空気が変わり非常に静かになります。重厚で質実剛健な拝殿が素晴らしい限り。昨年お伺いしましたが、拝殿前に今年の午年の大きな絵馬が飾られています。奥には摂社と更に奥にはかなり朽ち果てたお稲荷様が...何故、このお稲荷様だけこんな感じなんでしょうかね?帰りに社務所で書き置きの御朱印を拝受しました。朱印が丸くて大きいのが印象的でした。
泉岳寺駅から国道沿い、間口が狭いので、通りすぎるかも知れません。すこし急勾配の階段をのぼるとそこは境内です。こちらも書き置きの御朱印です。「御田」の文字が気に入ってます。
御田八幡神社は、和銅2年(709年)に東国護の神として創建されたと伝えられる、1300年以上の歴史を持つ非常に古い神社です。現在の場所に移ったのは江戸時代初期とされています。周囲はビルに囲まれていますが、境内は豊かな緑に覆われていて、厳かな雰囲気が漂っています。徳川家康が江戸城に入城した際に奇があったことから、現在の地に社殿が造営されたと伝えられています。江戸時代には江戸八所八幡宮の一つに数えられ、三田の総鎮守として地域の人々に深く仰されてきました。また、嵯峨源氏渡辺一党の氏神としても崇敬され、渡辺綱にまつわる伝説から「綱八幡」とも称されていたそうです。
この神社が面しているR15は、第一京浜と呼ばている東京横浜間の主要国道で、ずっと車線が多くて、その幅員のまま南北往来ができる道なんですが、意外と、この新橋から品川辺りにかけては崖っぷちにへばりつくような神社が三々五々点在していて、R1から合流してくる道に三田春日、その北方に愛宕さん、そして新橋南端の日比谷から下って、この御田八幡さま、高輪、品川神社と、神社銀座でもある沿道の景色になっています。これら神社の中で、とりわけ境内地に建つ自社住宅(マンション)の北方外壁に、社紋を冠した縦書きの下品にもほどがある黄金色の切り文字看板を掲げるのが、この「御田八幡神社」です。この辺りが三田と呼ばれるのは、この御田神社のほうが先にあった名前だと言われているようです。目黒にも三田神社があって、関係が全くないわけではないらしいのですが、崖っぷちに階段参道で導く構造は、北方の三田春日神社とおなじで、社殿配置も似た雰囲気です。この御田さまのほうが、やや奥行きがありまして、階段登って正面に社殿、右手に授与所があり、左手にはおこんこんさまなどの摂社もあります。そのさらに奥の本殿裏がゲゲゲの(境内にいた小学生たちが":ゲゲゲの場所"と呼んでいた)、もう打ち捨てられたような廃祠かと思われるお狐スタチューいっぱいのボロ祠があります。昼間だからいいようなものの、雨のそぼ降る冬の薄暮時などには近寄りがたい雰囲気のある場所があります。この都心に、そうゆうの好きな方にはうってつけの場所。
決して大きな神社とは言えないが、鳥居を潜ると空気感が変わり、落ち着いた雰囲気になる神社。拝殿左手奥に境内社がある。書き置きの御朱印が頂ける。
主祭神は誉田別尊命、配祀は天児屋根命、武内宿禰命式内社で旧郷社歴史ある神社に参拝できました。大通りに面しているのに境内は静かでいい空気が流れています。
ビルの谷間とは言え遠くからでも神社のお名前が見えて場所はすぐに判ります。鳥居をくぐった先の本殿に続く階段は雨の日は足元にご注意下さい。
田町と高輪ゲートウェイの中間、芝、芝浦、高輪の氏神さまとして1300年以上の歴史を持つ御田八幡神社。第一京浜から奥まった高台にあり、小さいながら周囲を木々に囲まれた静かな神社です。
| 名前 |
御田八幡神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
03-3451-4687 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 9:00~16:30 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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オフィス街の喧騒の中にありながら、階段を登ると都会の騒音が消え、木々に囲まれた神聖な雰囲気を感じる神社です。この神社の歴史は非常に古く、和銅2年(709年)に創建されたと伝えられています。 最初は「牧岡(現在の白金付近)」に東国鎮護の神として祀られました。 嵯峨源氏・渡辺一党の氏神として崇敬され、平安時代の武将で羅生門の鬼退治で有名な渡辺綱(わたなべのつな)の産土神であったことから、「綱八幡」とも呼ばれたそうです。江戸時代初期の寛永5年(1628年)、江戸の町づくりに伴い現在の三田の地へ移された記録が残っております。また 明治時代には「三田八幡」と呼ばれていましたが、明治30年に古い地名である「御田(みた)」を復活させ、現在の名称になったということです。この神社の特徴として、 「敷地内に他の神社がある」ことが上げられます。境内には社殿のほかに「五光(ごこう)稲荷神社」と「御嶽(みたけ)神社」が祀られています。1.五光稲荷神社もともとは別の場所(現在の三田4丁目あたり)にありましたが、持ち主の屋敷で「稲荷の祟り」が続いたため、文政8年(1825年)に当時の御田八幡(当時は稗田神社)の境内に奉納され、移されてきたという経緯があります。現在は商売繁盛の神様として親しまれています。2.御嶽神社江戸時代に流行した「御嶽信仰(木曽の御嶽山などを信仰する集団)」の人々が、自分たちの祈祷の場として境内に勧請(神様を分けて祀ること)したのが始まりと言われています。これ以外に「釜鳴神事(かまなりしんじ)」という 都内で唯一、釜を鳴らして吉凶を占う珍しい神事を行っていることで知られ、その神秘的な音を求めて訪れる人もいます。この神事は、釜の上にせいろを載せて火にかけ、その時に鳴る「ボーッ」という独特の音の大きさや長さで、その年の吉凶や景気を占うものです。現在、東京都内ではここでしか見ることができない非常に珍しい儀式です。御田八幡神社は、古い武士の伝説から、江戸時代の切実な信仰(祟り封じや講)まで、「三田の歴史の地層」が積み重なったような場所です。