恋人を想うお七の井戸。
お七の井戸の特徴
目黒雅叙園の入口に位置する歴史ある井戸です。
江戸時代の恋物語が息づく場所で、思いを馳せることができます。
八百屋のお七にまつわる史実が伝わる遺構です。
グーグルマップで知り、訪ねてみました。
✳️坂本冬美の「夜桜お七」もすごい恋の歌ですが、目黒駅から目黒川に下る行人坂の途中の大圓寺の坂下の雅叙園入口に、お七の井戸があります。1683年1月25日、江戸の天和の大火の時に避難先の本郷の寺で、寺小姓吉三と恋仲になった八百屋お七が、火事を起こせば再会できると新築の自宅に放火した。弥生3月、江戸市中引き回しの上、鈴ヶ森で火刑になったため、吉三は出家して雅叙園の入口と庭園付近にあった明王院の井戸でお七の供養の水行をしたという由緒ある井戸です。
嘗て恋人であった八百屋のお七が鈴ヶ森刑場で刑死し、その菩提をこの井戸で弔っていたと伝わる。
ひっそりと佇む遺構で、史実と伝聞とが入り混じっているから、これが本当なのか性急に判断することは控えられるわけですけれども、江戸時代に思いを寄せる良いきっかけになっています。すぐそばには歴史ある大圓寺さんがあります。
有名な 八百屋お七 に 関連の井戸目黒雅叙園の 入口に あります。
目黒雅叙園入り口付近にある八百屋お七ゆかりの井戸になります。お七は井原西鶴の「好色五人女」で有名になり、歌舞伎や文楽の世界で取り上げられた女性です。恋人の吉三郎に合うために自宅に放火し、その罪により、鈴ヶ森処刑場で火刑により亡くなったと言われています。実際には現存する資料が少なく、本当に八百屋のお七という娘が実在したかは定かではないようですが、お七が葬られたと言わているお墓などが各地に現存しています。この井戸は、お七本人がこの井戸を使ったという訳では無く、恋人であった吉三郎が出家して名乗ったとされる西運という御坊様がお七供養の行を行う際にこの井戸の水で身を清めたとされています。
お七の恋人が念仏行に出る前にここで水垢離をとったそうな。
「お七の井戸」です。ホテル雅叙園東京の駐車場入り口あたりにポツンとあります。井原西鶴『好色五人女』で有名な「振袖火事」の放火犯ですね。実際は戯作(小説)のような大火事ではなくボヤだったそうですが、罪状は一緒です。八百屋お七の思い人だった吉三(圓乗寺の小姓 生田庄之助)は、お七が処刑された後に僧侶 西運となり、お七の菩提を念じながら水垢離をした井戸がこの「お七の井戸」だそうです。もともと井戸があったはずの明王院の敷地は、雅叙園の一部になっており、井戸枠だけを史跡として残した状態です。中に水は無いです。
目黒雅叙園ホテルの目の前にある。八百屋お七は、火事の現場で出会った男の人にもう一度会いたさに放火をしてしまう。捕まり死罪になるが、当時の江戸の人は、その哀れさを感じたのであろうか、都内のいろいろなところにお七ゆかりの史跡がある。当の男の人は、付近のお寺と浅草寺の間を供養のため往復したらしい。
| 名前 |
お七の井戸 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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ホテル雅叙園の入口ロータリーにある井戸。若くして鈴ヶ森刑場で火炙りの刑になり、美談で語り継がれた身勝手な放火犯お七の想い人が利用していたらしい。