目黒不動尊前の比翼塚、遊女物語の秘境へ。
比翼塚の特徴
比翼塚は目黒不動尊の仁王門の前に位置しています。
自害した遊女の塚として、歴史的な背景を持つ場所です。
可愛らしいお稲荷さんが併設され、参拝者に親しまれています。
目黒不動尊の仁王門の向いいらっしゃいます説明版も綺麗で読むことができます。
目黒不動瀧泉寺仁王門前近くにひっそりと建てられています。比翼塚は愛し合った男女や心中した男女を葬った塚で様々な場所に建てられていますが、悲恋とともに伝わるものが多く、古墳時代の比翼塚もあるそうです。こちらは辻斬りなどの罪で鈴ヶ森処刑場で磔刑に処された平井権八と処刑後に平井権八の墓前で後追い自害した新吉原三浦屋の遊女小紫の比翼塚になります。元々は違うお寺に建てられていましたが、お寺が廃寺となりこちらに移されたそうです。
目黒不動尊の入口付近にあります。歌舞伎の後追い心中の悲話の元になった二人の塚があります。
目黒の比翼塚にまつわる遊女の物語は、歌舞伎や浄瑠璃の題材としても知られています。特に有名なのは、江戸時代後期に成立した歌舞伎や浄瑠璃の演目である**「戻橋恋之縁柵(もどりばしこいのえんざく)」**です。この演目では、遊女とその恋人の悲恋がドラマチックに描かれ、比翼塚が二人の愛を象徴する舞台装置として登場します。物語の背景には、江戸の厳しい身分制度や遊郭のしきたりがあり、遊女が自由に恋愛できない悲哀が物語の核心となっています。劇中では、二人が現世では結ばれないものの、死後に比翼連理の鳥のように一体となることを願うシーンが感動的に描かれています。こうした歌舞伎や浄瑠璃によって、目黒の比翼塚は広く知られるようになり、江戸庶民の間で悲恋の象徴として語り継がれるようになりました。現在でもこの物語は、江戸時代の恋愛観や人々の心情を理解する上で重要な文化遺産となっています。
瀧泉寺参道仁王門手前にポツンと位置しているのでちょっと違和感が有ります。移転の際に納まったのがこの場所だったのですね。比翼とは二羽の鳥が翼を並べる様から仲の良い恋人同士の例え。そこから愛し合った二人を葬った墓を比翼塚と呼んだようです。(実際は墓と言うより記念碑と言うべき物も多そうですが。)ここの比翼塚は権八小紫と言う若い男女の悲恋を偲んだ碑ですが、もともとは二人に縁の有る近所の東昌寺に有ったのが廃寺となり転々とした後にこの場所に落ち着きました。二人の物語は歌舞伎などに取り上げられ人気となり、この比翼塚も当時は相当有名だったそうです。いまでも幾つかの作品が歌舞伎の人気演目として度々上演されています。遊女小紫は恋人の権八が処刑されたのを悲しんで東昌寺で後追い心中、またその小紫の後を追い(あるいは暴漢に襲われ)亡くなった禿がいたのが近所のかむろ坂の語源だそうです。(成人の小紫はともかく、まだ子どもの禿が新吉原からどうやって???)いまでも花が供えられ綺麗に保たれています。
吉原遊女 小紫を探しにきた下女の禿が自害した。この禿を祀る石碑。
遊女の小紫に逢うため、辻切りなどをしながら通っていた、白井権八。お縄になり死刑にされるが、彼の後を追い、白井権八の墓前で後追い心中した小紫…… 合掌の比翼塚。
処刑された愛人の墓前で自害した遊女の塚。歌舞伎です有名だそうです。
目黒不動尊の仁王門の前に在る比翼塚です。歌舞伎の演目でも有名で、白井権八と小紫は遊郭で恋仲となり、権八は金策のため辻斬りを続け処刑される。小柴は嘆い後を追って自害するが、実はこれには続きがあって、小柴のお付きであった禿(かむろ)が探しに行った道中に盗賊に襲われ桐ケ谷の池に身を投げている。禿を憂い今も「かむろ坂、かむろ公園」として残っている。
| 名前 |
比翼塚 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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目黒不動瀧泉寺の仁王門前近くにひっそりと建つ「比翼塚」を訪れました。ここは、江戸時代に実在した悲恋の男女、鈴ヶ森処刑場で磔刑に処された平井権八と、その墓前で後追い自害した新吉原三浦屋の遊女・小紫を弔う比翼塚です。もともとは別の寺に建てられていましたが、廃寺に伴い現在の場所へ移されたと伝えられています。この比翼塚は、歌舞伎や浄瑠璃の演目「戻橋恋之縁柵」にも描かれ、江戸の厳しい身分制度や遊郭のしきたりの中で自由に恋愛できなかった人々の哀しみを象徴する存在として広く知られました。派手さはありませんが、静かに佇む姿からは当時の人々の情念や祈りが伝わってくるようです。目黒不動参拝の際には、ぜひ立ち寄って江戸の物語に思いを馳せてみてほしい場所です。