神武天皇の地、神秘の杜へ。
神武社の特徴
神武社は有鹿神社の飛地境内に鎮座する摂社です。
小さな神社として地域に根ざした存在感があります。
有鹿神社との関係が深い神社で歴史的意義を持っています。
2021年11月 往訪「神武天皇」を祀っているのに「石碑」がご神体という、珍しい神社。有鹿神社の境外摂社でもあります❣右横に石祠(石神社・神明社・天神社・熊野社・第六天社)があるはずなのだけど、白いシートがかけられてて見るのは控えました。外して写真取りたいとちょっと思ったけど、パンダ宮司さんに確認してから改めて見にくることにしようっと🎵でもぱっと見 高さがなかったから、だいぶ風化してるのかなぁ?もしかして銘のある壁石がもうなくて屋根部分だけになってるのかもしれない・・・
神武社は、有鹿神社の飛地境内に鎮座する摂社です。しかし、この神社の鳥居や社殿は、上郷の三王三柱神社と異なり、有鹿神社の方を向いていません。なぜでしょうか。この神社の詳細については、「有鹿神社」にお問い合わせください。明治の末頃、河原口の人々が日露戦争の戦勝祈願を祈り、この処に集まり、橿原神宮に向かって遥拝をしました。その後、この故事を記念して「神武天皇」と彫った石碑が建立され、やがて小さいながらも覆い殿が葺れました。この石碑を御神体とみて人々がお参りしたので、神武社といわれるようになりました。現在では、河原口の鎮守社です。毎年、桜の花の咲く、4月4日、例大祭が斎行されます。新編相模風土記によると、江戸の頃、河原口には「石神社」が祀られています。この地は桑畑だったと伝えられています。この中に「おしゃもじ様」ともいわれる石の祠が鎮座していました。風邪の神様で、お供えされている「しゃもじ」で喉を撫ぜて治ったら新しい「しゃもじ」を奉納します。この境内には、 神明社、天神社、熊野社、大六天社、石神社の石祠が祀られています。これらの社は、江戸の頃まで河原口の各所に鎮座していたものです。明治の一村一社政策によって、有鹿神社に合祀されました。ところが、河原口に伝染病が流行り、河原口に戻りたいという神様の夢のお告げによって、現在、この地に祀られています。
有鹿神社と関係のある神社のようです。
小さな神社。明治以前は石神社で、この辺りを蛇口森といったそうです。
| 名前 |
神武社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
046-234-4763 |
| HP | |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
❶【参考 神武社 海老名の史跡探訪 1982年】神武神社石碑に「神武天皇」と刻まれています。創立年月は不詳です。明治元年(1868年)の神社令により、有鹿神社に合祀されました。昭和15年(1940年)頃 地域に流行り病が流行し、神武様のたたりかと思案し、有鹿神社から現在地に祀りました。[鎮座地] 河原口[例祭日] 4月3日。