遊行寺近くの歴史的な観音堂。
金砂山観音堂の特徴
遊行寺や境川近くに位置する立派な観音堂です。
寛永年間に開かれた歴史深いお堂が魅力です。
鼻黒稲荷大明神を祀る神社としての側面もあります。
遊行寺の近くにある立派なお堂です✨
東海道五十三次藤沢宿は、「沢」という名の通り、境川が一番低くて、両側が小高い地形になっています。金砂山観音堂も、そんな小高い位置にあり、石段を上がった先に鎮座していました。俗に帯解観音と呼ばれ、毎月17日に多くの女性が参詣に訪れ賑やかだったといいます。帯解きとは、七歳の女児が着物の帯を締め始めるお祝いの儀式だそうで、いまの七五三ですね。境内には金砂山安産子育観世音と刻まれた石碑のほか、庚申塔、鼻黒稲荷や「嗚呼九月一日」と書かれた関東大震災の慰霊碑がありました。こちらは、最初、神社と思っていたのですが、観音様を祀っているのなら、お寺かと思い、お堂でお参りしようとしたところ、神社のように鈴を鳴らすようになっていて、もう、どちらなのか分からなくなってしまいました。
立派な観音堂でした。
街中にある観音堂です。
重要道路の十字路、遊行寺・境川近くにある観音堂。車の人は、屋根ぐらい見たことあるのでは。観音堂とは、観音様を祀るお堂です。しっかりした作りの観音堂ですか。町内会の会館併設で、地元に根付いてます。時期的に、正月準備が終わってます。稲荷神社併設です。石塔類も有ります。場所は藤沢駅から歩いて11分です。
1624~1645年(寛永年間)に開かれ、旧東海道の大鋸橋(現遊行寺橋)から分岐した旧江ノ島道を100mほど南下した場所にある観音堂。金砂山=きんささん。境内社として鼻黒稲荷大明神が祀られています。
素朴な観音様。
家の近くの高台にありお散歩コースです👣
車通りがありますので気をつけたいですね。
| 名前 |
金砂山観音堂 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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寛永年間に金井清西なる者が霊夢により一宇を建立したのに始まり天保の隆盛、明治の廃絶、再興、眞浄院移転、大火による廃絶と苦難の道のりを乗り越え、清浄光寺塔頭筆頭の眞浄院の尽力により大正五年に当地に勝縁を得て現在の堂宇を再興し町内の崇敬を集め現在に至る現在の管理も眞浄院の管理です堂内須弥壇上は中央の観音が御簾内、向かって右が不動明王、左が神輿と言う良くわからない配置です境内地には石塔郡があり、その中に観音堂の住持らしき墓石がある事から江戸の昔は堂守として住し管理していたと思われますが詳細不明敷地内に町内会館併設で地域と不可分の存在である事が伺えます。