歴史ある南光坊で心静まるひとときを。
天鷲寺の特徴
寛永11年に創建された歴史ある仏教寺院です。
南光坊慈眼大師のゆかりの地として知られています。
天台宗に属し、深い信仰の象徴です。
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寛永11年(1634)南光坊慈眼大師の閲創、貿海法印を中興とす。
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| 名前 |
天鷲寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
06-6771-4519 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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天台宗の仏教寺院。山門は谷町筋に面しているが、境内は広くて裏側の道を越えて、墓地を所有している。永代納骨供養所があり、平安大仏が野外に置かれている。生龍山 天鷲盛福寺 天台佛法ノ縁由當山ハ開創以來一千二百年天台宗大阪最古ノ名刹ニシテ世々天台佛法ノ中心道場タル格式ヲ傳フ。昔平安時代比叡山ハ傳教大師最澄上人ハ、桓武天皇ノ勅命ヲ奉ジ延暦二十二年四月十六日遣唐使藤原葛野麻呂ト共ニ難波津ヲ出帆中國ヘ留學シ、天台山國清寺行滿座主ヨリ天台佛法ヲ習相承シ、更ニ圓教・密教・禪法・頓頓菩薩戒ナド諸法門ニ就テ、諸師ノ直傳ヲ受ケテ道唐使一行共ニ歸國シ、延暦二十四年七月四日朝廷ニ歸復ス。記念シテ此ノ地ニ、釋迦・彌陀・藥師ノ三尊佛ヲ本尊トスル天鷲盛福寺ヲ興建立シテー乘弘道ノ綠由トナス。時ニ凝澄三十九才シナリ。生キ、幾多ノ衆生ヲ教化濟度シ、皆成佛道ノ樂邦彌陀ノ淨土ヲ廣ク示ス。法界ノ眞理一ノ目醒メタル覺者、佛陀釋迦ハ大罷慮蓮華經大法界ノ理趣ヲ覺リ、慈念ヲ以テ一切衆生濟度化益ノタメ、藥師如來現世應化ノ本願ニ創シ給ヘル私所ニモ亦實ニ此處ニ存スナリト調ベッキ。即チ延暦二十五年一月二十六日、桓武天皇ノ勅許ニヨリテ日本天台宗ハ開宗サレ、綜合佛教ヲ解行ス。山家學生式ヲ制定シテー乘磐坪ノ基ヲ確立ス。天台ノ律法ハ諸宗融合ノ一乘思想ヲ顯揚シ、道心ヲ以テ菩提心・慈悲心・行道心・報恩心・佛心トシ、一切衆生皆有佛性・悉皆成佛ノ理ヲ明ニシ、大乘戒ヲ体シタ菩提道即チ一乘修習ノ實踐ヲ根本教導サル。爾來天台宗ヨリ諸宗諸派ノ法脈興リ幾多ノ人師輩出セルハ、足レミナ佛法一分ヲ信仰スルモノニシテ、總ジテ以テ一乘ニ道背セズ。燈々相承、宗教ハ人間ノ只營ナル祈リノ文化ニシテ、神ヲ崇メ佛ヲ信ジ靈ヲ祀ルハ、本來一切所有有共ニ神ニエリアリテ・實感得スル人間ノ敬虔崇高ナル觀念ナレバ、敢テ一神一佛乃至無神自然原理ナド限定表決沙汰シテ、徒ラニアゲツラフ論爭シ合フベキモノニ非ズ・カタクナナ絶對主義ヤ、排他的執着主義ニ固執スル者ハ、自ラ哉心ニ潤レルニ等シ。匪顯ハクハ生キトシ生ケル者共ニ平安ナランコトヲ念ジ行律二精進スル者ハ、トヲ信心ノ道トヅグ。而シテ宗教ハ人間ノ塊ノ趨歸スル境地ナレバ、ラクレ各自自康・二鐵・戒律・戒律・戒律・罪行シテ、倶ニ相互ノ福利利興シ仕センコトヲ大切ナリ。此ノ理念ヲ心ノ基トシテ、才互ニ共榮二勉ムレバ、ヤガテ相互ノ信頼感モ培ワレ、其處ニ必ズ神佛諸大ノ冥應モアリテ、平和モ實現シ現實ノ樂土其生ノ平安ヲ放ツベキヒノ來ランコト以テ路スペキナリ。時恰モ當山開創一千二百年並ニ天台宗開宗一千二百年、今、記ヲ新タニシテ、佛教ノ一乘堂精進ノ面目ヲ復興シ、佛法僧ノ三寶ニ報謝シ奉リ、謹ンデ聖域ヲ整備シテ、宗教ノ涵養ニ資シ、皆具ニ慈念ト道心ヲ育ミ、善行精進ニコレ動メテ三世ニ倍過センコトヲ庶幾フ。維時 平成九年一月二十六日 天鷲寺復興開山 天台沙門現薫 菩提金剛 圓明 識天鷲盛福寺の由緒 現代語訳生龍山 天鷲盛福寺 天台仏法の由来当寺は開創以来1200年、天台宗における大阪最古の名刹(有名な寺院)であり、代々天台仏法の中心道場としての格調高い伝統を今に伝えています。昔、平安時代に比叡山を開かれた伝教大師・最澄上人は、桓武天皇の命令を受けて延暦22年(803年)4月16日、遣唐使の藤原葛野麻呂(ふじわらのかドのまろ)らとともに難波津(大阪港)を出港して中国(唐)へ留学されました。天台山国清寺の行満座主(ぎょうまんざす)から天台仏法を学び継承されたほか、さらに円教・密教・禅法・頓頓菩薩戒(とんとんぼさつかい)などのさまざまな教えについて諸師から直接伝授を受け、遣唐使一行とともに帰国し、延暦24年(805年)7月4日に朝廷へと戻られました。これを記念してこの地に、釈迦如来・阿弥陀如来・薬師如来の三尊仏を本尊とする「天鷲盛福寺」を建立し、一乗(すべての人が仏になれる教え)を広めるゆかりの地とされました。その時、最澄上人は39歳でした。最澄上人は人々の教化と救済に尽力され、誰もが仏の悟りを開くことができる極楽浄土の教えを広く示されました。世界の真理に目覚めた覚者である仏陀・釈迦は、大悲(深い慈悲)の『法華経』の教えを悟り、慈悲の心をもってすべての衆生を救うため、現世に薬師如来として現れて人々を救うという本来の誓いを立てられました。その誓いが込められた場所こそが、まさにこの場所であると伝えられています。すなわち延暦25年(806年)1月26日、桓武天皇の許しによって日本天台宗が開宗され、あらゆる仏教を統合した総合的な仏教が実践されるようになりました。『山家学生式(さんげがくしょうしき)』を制定して天台の基礎を確立し、諸宗派を融合する一乗思想を広められました。天台の教えは、道心(仏道を求める心)をもって菩提心・慈悲心・行道心・報恩心・仏心とし、「すべての生き物には仏性が備わっており、誰しもが必ず成仏できる」という理を明らかにされました。大乗の戒律を修める菩提への道、すなわち一乗の実践を根本として教え導かれたのです。それ以来、天台宗からは多くの宗派の法脈が生まれ、数多くの優れた高僧が輩出しました。それらはいずれも仏法の一端を信じるものであり、全体として見ればすべて一乗の教えから外れるものではありません。脈々と受け継がれてきた宗教とは、人間としての切実な祈りの文化であり、神を敬い、仏を信じ、霊を祀る(まつる)ことは、本来すべての存在とともに神仏の存在を心から感じ取る人間の敬虔で高尚な観念です。したがって、特定の神や仏、あるいは無神論・自然の法則などに限定して決めつけ、いたずらに議論や論争を戦わせるべきものではありません。頑なな絶対主義や排他的な執着心に固執する者は、自らの心を干上がらせているようなものです。切に願うのは、生きとし生けるすべてのものが平安であることを祈り、戒律を守って精進する者こそが、誠の信心の道を歩む者であるということです。そして宗教とは、人間の魂が最終的に行き着く境地でありますから、それぞれが自らの健康・自律・戒律を守り、ともに互いの幸せと発展のために尽力することが大切なのです。この理念を心の本として互いに共存共栄に努めるならば、やがて相互の信頼感も培われ、そこには必ず神仏の目に見えぬご加護も現れて平和が実現し、現実の世の中が心安らかな世界となる日が訪れることでしょう。時ちょうど当寺の開創1200年、ならびに天台宗開宗1200年にあたり、今ここに銘板を新たにし、仏教の一乗の精神をもって精進する姿を復興し、仏・法・僧の三宝に感謝を捧げ、謹んで境内の聖域を整備いたしました。これにより人々の宗教的格調を高め、みなともに慈悲の心と道心を育み、善行に励んで過去・現在・未来の三世にわたって精進していくことを切に願うものであります。維時(ときに) 平成9年1月26日天鷲寺復興開山 天台沙門現薫 菩提金剛 円明 記す。