長篠の英雄、鳥居強右衛門のお墓へ。
新昌寺の特徴
長篠の合戦の英雄、鳥居強右衛門のお墓がある寺です。
開創は1539年、当初は喜船庵と呼ばれていました。
墓地には武田方の武将のお墓もあり、歴史的な場所です。
足軽の鳥居強右衛門のお墓があるので参拝しました。駐車場がよく分かりません。
新昌寺所在地 愛知県新城市有海稲葉2宗 派 曹洞宗山 号 興国山(又は鳥居山)寺 号 新昌寺御本尊 釈迦牟尼佛開 基 松平加賀右衛門(有海の領主)開 山 仙翁覚大和尚(医王寺十四世)訪問日 2024/6/24創建は、天文8年(1539年)長篠医王寺第四世•傳太惰大和尚による、創建当時は「喜船庵」と称された。天正3年(1575年)の長篠の合戦では「喜船庵」のある有海の地は、戦場となり特に篠場野の地には奥平家•忠義の臣、鳥居強右衛門勝商の磔死跡があり碑が建っている。合戦後、強右衛門は「喜船庵」に埋葬された。「喜船庵」は、萬治3年(1660年)新昌寺に改められ、寛政3年(1791年)には興国山新昌寺に改められた。「鳥居強右衛門」の墓であるが、慶長8年(1608年)強右衛門の子•信商の手によって、作手鴨ヶ谷の甘泉寺に移転された。その後、160年余り廃墟となっていたが、宝暦13年(1763年)に有志の手によって再建された。碑面左には「我が君の命に替わる玉の緒を などいとひけん 武士の道」とあり、これは辞世の句とされる。明治36年(1903年)境内には鳥居閣が、大正9年(1920年)には、墓が拡張され現在の形に整えられた。現在も、毎年4月に「鳥居祭」が行われている。
鳥居強右衛門のお墓があり、こちらには胴体が埋葬されているそうです。お墓自体はとても立派ですが、お墓の構造上近づくことはできません。また武田方の4人の武将のお墓もあります。車を駐車する広いスペースもありますが、鳥居駅からも歩いてすぐです。
鳥居強右衛門磔碑入口から西に進むと、左手に見えます。大きめの看板も有るので、すぐに分かると思います。お墓は大きく、立派です。このお寺には、強右衛門の胴体が眠っているらしく、頭部は作手の甘泉寺に眠っているそうです。駐車場らしきものは見当たらなかったので、寺入口から少し開けた場所があったので、そこの隅に車を停めさせてもらいました。
2023年12月26日に参拝しました。天正3年1575年の長篠城の攻囲戦で援軍の到来を知らせた鳥居強右衛門のお墓があります。武田軍で亡くなった武将のお墓もありました。
足軽でも命懸け使命を、やり遂げた為、立派な墓石です。足利尊氏、結城一族のお墓より立派なのは驚き!の一言です。
強右衛門さんのお墓があるお寺さまです。是非お詣り下さい。
長篠の戦いの英雄、鳥居強右衛門のお墓があるお寺。
鳥居強右衛門のお墓があります。隣には武田側の武将のお墓もあります。とても静かな場所でした。
| 名前 |
新昌寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0536-25-0553 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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鳥居強右衛門のお墓があり初めて立ち寄ってみました。