弁慶の足跡を辿る、鴎島の壮大さ。
弁慶の足跡の特徴
潮が満ちると、足跡には泡が浮かび幻想的です。
鴎島でのウォーキングは見晴らしが良く心地よい体験です。
伝説の弁慶がつけた巨大な足跡が圧巻です。
結構歩きますが、見晴らしが良いです。鴎島は義経伝説の残る場所です。余談ですが、「江差追分」の旋律は鴎島の義経伝説のひとつから出来たものと云う話があります。
潮が満ちてきても弁慶の足跡には、波が引くときに多数の泡が浮かび上がります。そのため、その場所はすぐにわかります。
足あと巨大すぎ。すごいぜBK(弁慶)
鴎島ウォーキング良かったです。
📖弁慶の足跡義経一行は江差に第一歩を踏み入れたのが鴎島で、この時弁慶によって大きな穴が2つあいた。馬岩の後ろの島の登り口左手にある洞窟は、弁慶が義経から預かった六韜三略の巻物を隠した場所📖弁慶の力岩(1)昔、白い灯台の下の中腹には瓶子岩に匹敵するような形と大きさの岩があった。これは江差で義経のお供をしていた弁慶が、この地で本州から届けられる情報を待ちながら仲間と一緒に戦時に備えてトレーニングした時に、力比べをし、巨岩をそこまで運んだものだから『弁慶の力岩』と呼ばれていた📖弁慶の力岩(2)島陰で小舟を操りながら漁をしていた二人の漁師が言い争いをした。「あの巨岩は弁慶が運んだ物だから根が付いていないのだ。だから、大きな力が働けば動くのだ。嘘でないって、おら昔から親爺に教えられていたもんだ」「そんな馬鹿な話、誰が信じるってよ、根が付いて動くわけないてば…」どちらにも軍配のあげられるものではなかった。1934(昭和9)年、函館大火の日、激しい波が鴎島の中央部を越えてきた。その巨岩が波にさらわれた。以来、同じように鴎島の中央部を波が越えたのは、20年後の洞爺丸台風の時だけだった。
伝説で、弁景がつけたという足跡です。足跡の近くには行けず、島の上から見ます。満ち潮になると隠れてしまいます。
名前 |
弁慶の足跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.6 |
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潮は満ちてたけど浅かったので分かりました。2021.7.6