名古屋の小さな神社、赤い蓋の大釜。
鹽竈神社の特徴
名古屋市中川区に位置する由緒ある鹽竈神社の分霊が祀られています。
大きな釜が目印の小ぶりな境内には、手水鉢や奉納石が設置されています。
地元住民に愛される神社で、気さくな宮司との交流が楽しめます。
子どもの頃からの思い出の場所をどう評価すれば良いのか。10月10日は1年で最も楽しみなお祭りです。今は少子化で淋しい限り。
令和7年1月4日参拝御朱印あり祭神:塩土神、武甕槌神、経津主神旧社格:村社。
鳥居の脇にある大きなお釜はインパクトあります。参拝者の方を雨や直射日光から守るため拝殿前にテントが張られています。左手にお稲荷さん、竜神さん、河童さんなどと分社が並んでおり、なかなか賑やかな。ここの大木は太く大きいだけではなく、枝振りも独特です。
名古屋駅で名鉄に乗り換えて、豊橋方面の隣駅、山王で下車。名駅通りを北へ、中川運河を渡ったら名古屋駅へ戻る感じで線路伝いに歩いて、西日置ガード東の交差点を右折したら左前方に見えてくる神社。このあたりは、整然とした街路で、目ぼしい飲食店も殆ど無い住宅街なんですが、このお社だけは、鬱蒼と樹木が生い茂り、いかにもお宮とゆう感じなので、場所はすぐにわかります。鳥居の左脇に大きなお釜が置いてあり、ここも例外なく、名古屋市内の神社にはよくある石の蕃塀が正面を塞いでいて、参道は左右廻って本殿に向かう境内。授与所は本殿向かって右側、社務所が南の離れたところにあり、宮司さんは商売熱心でフレンドリーなんだけど、ずっと授与所に詰めていても暇な時は、お昼ご飯を食べに席を外したまんま戻って来ないときもあり、そんなときは、ピンポンありますから、押せば出てきます。しかし中京圏のこんなところに、陸奥の有名な鹽竈神社があるのは珍しく、市内には天白にも同名社があるのですが、あちらは塩竈と書き、中川のほうは、鹽竈と書いて、勧請の歴史的には、この日置のシオガマさまのほうが古いようです。海がそこそこ近いからか、塩と航海の守護と、運河が発達して水路があることからか、山王駅から当社へ向かうときに渡った山王橋の欄干あたりでお尻を水路に向ければ痔が癒えると言われている「痔の神様」、むさんど(無三殿)さんが祀られています。主祭神は塩土老翁命と、武神の武壅槌命、経津主命の三柱なんですが、無三殿さまのほうが有名で、山王駅以外の方面から訪ねる場合は、シオガマ神社ではなく、むさんどさまで尋ねたほうがわかりやすいかもしれません。この無三殿さまは本殿左脇に祀られていて、通常は露天なのですが、近年テント上屋が逐次かけられるようになりました(このテントは時に突風で吹き飛ぶ可能性もある)。無三殿大神《カッパの神様》として、スタチューの坐像(と言っても石磐に腰掛けスタイル)が鎮座しており、柄杓で水をかけられるようになっています(掛けるときは、上から垂らすように3杯注ぐ)。授与品の中には、"へのかっぱ守り"健康守とか河童のイラストされた絵馬も売られており、カッパ系は、全国の神社でも茨城県に手接神社があるものの、珍しい"河童そのもの"が描かれた授与品はおそらくこの神社だけです。カッパは宗教的な分類では 妖怪 なので、かっぱを崇敬するのではなく、カッパの神様のへの崇敬と考えるのがわかりやすいと思います。ほかにも"おもかるさん(白光さんのヘビの石)"、おこんこんさま、お百度石など境内に点在しており、ここだけで30分は楽しみながら参拝できます。
20年前にこの辺りを通った時には下町の雰囲気が色濃く残っていたが、だいぶお店も減って普通の住宅街になりつつある。しかし、この神社の魅力は変わっていない。早朝にジョギングできた。蝉の声だけが響いていて、清々しい雰囲気だった。
鳥居の横に大きな釜がある興味深い神社です。宮城県塩竈市の鹽竈神社を勧請した神社だそうで、創建年代は定かではありませんが、江戸時代以前から信仰を集めていたそうです。御祭神は塩土老翁神(しおつちのおじのかみ)で、海上安全や漁業の守護神とされ、塩の製造とも関わりが深い神です。初めてお聞きしたお名前ですね。地元では五穀豊穣や商売繁盛の神としても崇敬され、現在も多くの参拝者が訪れます。毎年の例祭では、伝統的な神事や祭礼が行われ、地域に愛されている神社です。摂社に河童を祭った無三殿神社があります。
足跡平日の午前中に参拝しました。誰も居なくて静謐な空気感。茅の輪があったので説明書に従ってくぐってきました。
この鹽竈神、六所明神は家康とのつながりがある。 家康の生まれた岡崎にある六所神社は、徳川家のルーツである松平親氏が奥州の鹽竈神社から勧請して六所明神を祀り、そこから家康の祖父・松平清康が勧請して建てた神社だ。 岡崎で生まれた家康の産土神ということで家康をはじめ、代々徳川家が大事にした。三代将軍・家光も大規模な造営を命じている。 ただし、祭神は猿田彦命、塩土老翁命、事勝国勝長狭命としていて、タケミカヅチとフツヌシは入っていない。 事勝国勝長狭神はシオツチノオジの別名とされるのだけど、何故二重に入っているのか、ちょっと分からない。 岩田藤忠が鹽竈神社を勧請したのは、家康を意識してのものだった可能性が考えられるだろうか。もしくは、家康が命じたのかもしれない。岩田藤忠が城の普請に関わっていないとするならば、神社関係の部署の藩士だったのか。 少なくとも私的な神社ではなかったはずで、堀川の掘削を担当した福島正則が手水舎の手洗盤を寄進していることからもそれはうかがえる。
鹽竈(塩釜)神社のさまざまなご利益は、まずは海の神さま、かつては入り江が近くにありました。堀川や運河での航行安全を願い祈願されています。また、名前由来どおり塩の神様、人間になくてはならない塩の製法を授けてくださった神様として信仰が寄せられています。海は母なるという考えから、産業発展、延命特に安産、生育安全にはご利益があると言い伝えられています。境内社として無三殿社[かっぱの神様]が祀られていて、この神様は痔の神様として知られています。お水を三度かけてお願い事をすると良いそうですよ。
| 名前 |
鹽竈神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
052-331-4025 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
〒454-0004 愛知県名古屋市中川区西日置1丁目7−10 |
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2026.1.21名古屋市中川区西日置1丁目に鎮座する神社。現在の宮城県塩竈神社からの勧請。平地(低地)にあり、住宅街の中に佇む。境内には顕著な大木があり、緑豊かな杜を形成している。正面鳥居から拝殿までの南半分の敷地は広々としていて風通しが良い。拝殿に向かって左手には境内社が並ぶ。中でもカッパの神様である無三殿(むさんど)社の祠の前には、カッパの像が設置されていて存在感がある。他の境内社も整然としていて味わい深い。手水舎は、名古屋城築城の際に用いた石垣の石をくり抜いて福島正則が奉納されたとされるものである。意外と見どころの多いお宮である。