盛岡城跡で腰曲輪の魅力発見!
腰曲輪跡の特徴
盛岡城の歴史を感じる広大な曲輪跡での散策が楽しめます。
雪景色を拡大展示し、シーズンごとの美しさを満喫できます。
立派な石垣や馬を並べた広場の珍しい造りに驚かされます。
腰曲輪は仕切りのようなもので、敵軍の進軍を妨げるのに役立ったそうです。
本丸の階段を下ったとこにあり、腰曲輪とは本丸などの主要な側面にあり、防御力を高めるために配置された細長い通路状の空間。
盛岡城跡地です。
盛岡城腰曲輪跡を鑑賞して来ました。
曲輪の規模が大きい。
雪景色を拡大して展示しています、中々好評です‼️
本丸のすぐ横、馬を並べたという広場になっている造りがよく分かります。
石垣が立派です。忍者よろしく登りたくなります。植木やお花も充実していて良い感じです。最初見た時、「不来方(こずかた)」が読めず覚えづらかったです。「青葉城」を参考にして領民から親しまれる名前にすべきだったと思います。
盛岡城の別名は不来方(こずかた)城。石川啄木の「こずかたのお城の草に寝転びて 空に吸われし 十五の心」の歌碑が岩手公園にあります。
| 名前 |
腰曲輪跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
019-639-9057 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP |
http://www.city.morioka.iwate.jp/shisei/midori/koen/1010491.html |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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盛岡城跡の 腰曲輪跡(淡路丸) は、本丸の東・南・西の三方を取り囲むように築かれた重要な曲輪です。盛岡城は1597年(慶長2年)に南部信直が築城を開始し、南部利直の時代、1633年(寛永10年)頃に近世城郭としてほぼ現在の姿が完成しました。腰曲輪は本丸を直接守る防御施設であると同時に、藩政を支える実用的な空間でもありました。この一帯の最大の見どころは、本丸を囲む壮大な石垣群です。築城当初は土塁と木柵が中心でしたが、17世紀前半の改修によって石垣が築かれ、現在見られる重厚な景観が形づくられました。花崗岩を用いた打込接ぎを主体とする石垣は高さ約12メートルに達する箇所もあり、東北屈指の総石垣の城としての風格を今に伝えています。腰曲輪には防御だけでなく藩政や儀礼に関わる施設も置かれていました。南側には藩主が献上馬を閲覧した 桜の馬場、西側には 吹上門 や 坂下門 へ続く通路、南東部には 二階櫓 や 小櫓 が設けられ、敵の侵入に備える横矢掛かりも備わっていました。また、西側には 榊山曲輪 が接し、城内の守護神・榊山稲荷が祀られるなど、防御と信仰が融合した空間でもありました。現在、腰曲輪跡は盛岡城跡公園の散策路として整備され、本丸を見上げる迫力ある石垣や、自然岩盤を巧みに利用した縄張りを間近に観察できます。春には桜、秋には紅葉が石垣を彩り、四季折々の美しい景観が楽しめる人気の散策スポットです。歩きながら見上げる石垣の迫力は、盛岡城が「石垣の名城」と呼ばれる理由を実感させてくれます。重厚な石垣と広々とした曲輪を眺めながら歩けば、南部氏が築いた東北屈指の名城の魅力を存分に味わえるでしょう。