池鯉鮒宿で味わう川魚の魅力。
池鯉鮒宿問屋場之跡碑の特徴
江戸時代の池鯉鮒由来を知ることができる石碑です。
歌川広重の『池鯉鮒』で描かれた馬市の痕跡です。
鯉や鮒が取れる池に位置し、川魚の名所にあたります。
旧東海道 池鯉鮒宿 問屋場池鯉鮒宿は 東海道五十三次で39番目の宿場町です。旧東海道を日本橋から休みながら歩いて23日目になりました。池鯉鮒の地名は、付近に知立神社(池鯉鮒大明神•東海道三社の1つと言われた)があり、ここの御手洗池に鯉や鮒が多かった事に由来するらしいです。池鯉鮒宿の付近は、知立松並木が圧倒的存在感ですが、旧東海道を 路地裏に侵入するように辿る事ができて、宿場らしい曲尺手もある(表示は無い)。そして旧東海道に沿って 知立神社、了運寺 等の寺社や 知立古城址、歴史のありそうな木造家屋が散見し、ブログや口コミでの評価以上に 魅力を感じました。名鉄知立駅前は 大規模な再開発中なので、数年後には新しい町並みに変わります。(2026年2月)
石碑のみ2023年1月下旬に行きました。旧東海道沿いで現在ドラッグストアの駐車場の片隅に石碑がしれっとあります。問屋場とは幕府の役人や大名がその宿場を利用する時、彼らの荷物を次の宿場まで運んだり、幕府公用の書状や品物を次の宿場に届ける運送業務を行った場所ですが、石碑のみ、かつ周辺は当時の面影が皆無のため、なかなかイメージしにくいかと思います。
痕跡は無く、石碑のみ。その場所だけは特定できる。
池鯉鮒宿問屋場跡の標石があります。現在は電話BOX(笑)。まぁ、電話BOXもある意味貴重かも?
「知立」と書いて「ちりゅう」鎌倉期以降になると「智鯉鮒」と書かれることになり、江戸時代になると「池鯉鮒」となったそうですこれは知立神社が、土地の低いところにあって、ここに池があり鯉や鮒の産地であったということで、池鯉鮒宿へ行けば美味しい川魚が食べられるとの事で、当て字の「池鯉鮒」=「 ちりふ 」になったとのこと馬市が立ったことでも有名で歌川広重『東海道五十三次・池鯉鮒』には馬市の様子が描かれています。この問屋場では、馬や知多方面から集積された木綿などが取引されたと聞きました。
旧東海道池鯉鮒(昔はこう書いた)宿の問屋場があった場所です。問屋は当時の宿場町の中心的な施設の一つで、人馬の継立を取り扱っていました。
| 名前 |
池鯉鮒宿問屋場之跡碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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旧東海道踏破チャレンジ2025問屋場だった場所は、今はドラッグストアになっている。