池鯉鮒で味わう川魚の歴史。
池鯉鮒宿問屋場之跡碑の特徴
江戸時代の池鯉鮒由来を知ることができる石碑です。
歌川広重の『池鯉鮒』で描かれた馬市の痕跡です。
鯉や鮒が取れる池に位置し、川魚の名所にあたります。
池鯉鮒宿問屋場跡の標石があります。現在は電話BOX(笑)。まぁ、電話BOXもある意味貴重かも?
「知立」と書いて「ちりゅう」鎌倉期以降になると「智鯉鮒」と書かれることになり、江戸時代になると「池鯉鮒」となったそうですこれは知立神社が、土地の低いところにあって、ここに池があり鯉や鮒の産地であったということで、池鯉鮒宿へ行けば美味しい川魚が食べられるとの事で、当て字の「池鯉鮒」=「 ちりふ 」になったとのこと馬市が立ったことでも有名で歌川広重『東海道五十三次・池鯉鮒』には馬市の様子が描かれています。この問屋場では、馬や知多方面から集積された木綿などが取引されたと聞きました。
旧東海道池鯉鮒(昔はこう書いた)宿の問屋場があった場所です。問屋は当時の宿場町の中心的な施設の一つで、人馬の継立を取り扱っていました。
名前 |
池鯉鮒宿問屋場之跡碑 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.6 |
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痕跡は無く、石碑のみ。その場所だけは特定できる。