歴史を感じる鬼死骸の神社。
鬼死骸八幡神社の特徴
鬼死骸八幡神社は11世紀に創建された歴史ある神社です。
牙の鋭い狛犬が印象的で、訪れる者の目を引きます。
静謐な空気の中で特別な体験ができる場所です。
源頼義・義家が陸奥で安倍氏を平定し、前九年の役が集結した康平5年(1062年)に源頼朝が勧請したとされている由緒ある神社です当初は旧鬼死骸村の鎮守社として別の場所に鎮座していましたが、明治時代に入って近くの鹿島神社に合祀され、昭和初期に現在地に移設されました。
名前に惹かれてやって来ました、とにかく、名前がすごい!
狭い道沿いにあります💦すれ違い出来る場所少ないので要注意で、この先には民家が数件で普通の車は行き止まりなのでUターン場所あり。賽銭箱はあります。雄のキジさんに出会いました(*^^*)💦
久しぶりにお参りさせていただきました。素晴らしい石仏があります。足元に見ざる言わざる聞かざるの三猿が彫ってあるので青面金剛ですね。庚申信仰の神です。
こう言う場所があるとは岩手に住んでいても知らない事だらけです😳岩手の鬼伝説の一つです。
祭神⭐八幡大神一関市の郊外、山道の途中にある神社です。鳥居は現在壊れてしまっている様で、社殿へと続く参道両脇に生えている木々に注連縄を結び付け、鳥居の代わりとしいますが、これはこれで、独特な趣があります。当社より南方に鎮座する鹿嶋神社と同じく、征夷大将軍・坂上田村麻呂が大武丸という蝦夷(蝦夷を鬼と呼んでいた説あり)を討ち取り、その首を当地周辺に埋めたという伝承があります。因みに、斬首された大武丸の首が宙を飛んで行き、辿り着いた地が現在の宮城県大崎市鬼首(おにこうべ)だという伝承もあります。あくまでも伝承ですので真実は分かりませんが、「一関市と大崎市は距離的に近い」「その様な地名が残っている」等を考えると、ファンタジー要素もありとても面白いですよね。
延暦20年(801年)に坂上田村麻呂が「大武丸」を退治し、その死骸をこの地に埋めたことから「鬼死骸」と呼ばれるようになったと言い伝えられています。「蝦夷討伐」で有名な征夷大将軍・坂上田村麻呂が、陸奥國へと攻め入った時に果敢に抵抗して戦ったのが、蝦夷の豪族の1人「大武丸」でした。烈戦の末、戦いに勝利したのは坂上田村麻呂。負けた大武丸は打ち首となり、その亡骸が後の鬼死骸村に埋められますが、なぜかその首だけは今の宮城県方面へと飛んで行きます。そしてその首が落ちた場所は、現在の大崎市にある温泉郷やスキー場で有名な「鬼首」であるとする説があります。また「鬼死骸」の由来を感じられる場所として「鬼石」があります。この石は田村麻呂が大武丸の死骸の上に置いたと伝えられる巨石で、500mほど離れた場所には、その時に飛び散った死骸の一部または一緒に戦った子分のものとされる石も存在しています。こちらは「あばら石」と呼ばれています。「鬼死骸」という名前の残る貴重な存在として、秦平5年(1059年)に源頼義が勧請したとされているこの「鬼死骸八幡神社」があります。御祭神:八幡大神例祭日:4月1日、9月15日。
名前が鬼死骸八幡神社と珍しいので参拝。近くに鬼石や鬼死骸停留所があったりします。
牙の鋭い狛犬さんです。
| 名前 |
鬼死骸八幡神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
西暦1062年に源頼義が勧請 創建した神社で、以前は井戸沢にあり、昭和になってから現在地に遍座しました。境内の木々も樹齢は若く小さいですが、石の社や狛犬が立派で威厳があります。神社名に死の漢字が使われているのは、全国でこの鬼死骸八幡神社だけです。