松風村雨堂で味わう歴史。
松風村雨堂の特徴
山陽電鉄月見山駅から徒歩約5分の好立地です。
一見民家のようで、通り過ぎやすい特徴があります。
須磨の歴史を知るための貴重な場所です。
神戸須磨離宮道南側から山陽電鉄踏み切り渡りすぐ右手にある碑、少し高台の民家に碑や祠がある。
山陽電鉄月見山駅から歩いて約5分のところにありました。ここから歩いて10分弱で須磨寺に行けますから、併せて散策するのがよいかと思います。
山陽電鉄本線・月見山駅と東須磨駅の間に位置する神戸市地域史跡やそうですが、大きな道路からちょっと入り込んだところにひっそりと存在するため、場所的には若干分かりにくいかもしれません。その昔、小倉百人一首にも掲載されている歌人・在原行平の「立ちわかれ いなばの山の峯に生ふる まつとしきかば 今かへりこむ」という歌の舞台がここなんだそうで、「いなばの山」というのが今の月見山なんだそうです。
2022.11.16離宮道沿い、山陽電鉄の踏切の角に位置している(離宮道を南方向に進み左側)平安時代、汐汲の姉妹が形見に残された衣を手に、去っていった高貴の恋人在原行平(ありわらのゆきひら)を偲ぶという、能の名曲『松風』にも取り上げられた"松風村雨伝説"は神戸市須磨区に伝わる話です。物語の詳細は写真(神戸市地域遺跡)でご確認ください。因幡の国に同行赴任を求められ困った行平は「いつでも私を思い出せるように」という形見に烏帽子と狩衣(かりぎぬ)を松の枝にかけて、一首の和歌を詠みました。(百人一首の行平の和歌)因幡守の任期を満了した行平は晴れて京の都へと帰って行きましたが、どうやら須磨の地を踏むことはなかったようです。一方、松風と村雨がどうしたかと言えば、行平の屋敷址「松風村雨堂」(現在地)に粗末な仮小屋を建てて待ち続け、そのままひっそりと生涯を終えました。伝説を思わせる「行平」「松風」「村雨」「衣掛」(きぬがけ)「磯馴」(いそなれ)などといった地名が今でも残っています。
入り口が普通の民家なので通り過ぎそうになりました。立て看板の話は興味深い。
名所旧跡ですが少々、寂れていて判りづらいのが難点かと。
須磨の歴史を知る一箇所。
「松風村雨堂」とは、和菓子店が二軒並んだような名前だが、これは松風と村雨という二人の女性の名前に由来する。「立ちわかれいなばの山の峯に生ふる まつとしきかば今かへりこむ」(在原行平/百人一首)
| 名前 |
松風村雨堂 |
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| ジャンル |
/ |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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百人一首に収められている「たちわかれ」の歌碑があり、当該和歌を詠んだ在原行平に縁のある場所です。